第14話 選択(No Time)
通路を駆ける靴音が、耳に重く響いた。
《サングレフ》の4人は、地上への脱出ルートを全速で走っていた。
カウントダウンが進む。残り時間──6分13秒。
「ルートAは崩落の恐れあり。B経由で再計算、4分圏内でヘリポイントまで到達可能」
ノア・リン《オーバーワッチ》の声が無線に流れる。
だが誰も返事をしなかった。
言葉にできる感情は、そこにはなかった。
* * *
無人の研究区画を通過するたびに、残響のような無音が胸に刺さった。
子どもたちが眠るあのカプセル。
今も、あの冷たい部屋の中で、静かに時を数えている。
施設は爆発する。
彼らも、それと共に消える。
「仕方がない」
「そうするしかなかった」
「俺たちはプロだ」
……何をどう言い換えても、
“救えなかった”という事実だけは消えなかった。
* * *
通路を曲がる。オーウェン・ケイン《ブルワーク》が前衛に立つ。
「爆心地から距離15。振動波予測値内、予定通りだ」
彼の声もまた、いつもより低かった。
「……家に帰ったら、娘を抱くよ。今日は、そうしたい」
ぽつりと呟かれたその一言に、誰も何も返さなかった。
* * *
地下階段を駆け上がる途中、リタ・サヴェッジ《フェンサー》の足が一瞬だけ止まった。
何かを思い出したように、振り返ってしまった。
そこにはもう、冷たい通路と、鋼鉄の壁しかなかった。
でも確かに、彼女は聞いた気がした。
──「たすけて」
言葉ではなく、記憶でもない。
けれど、その声は、胸の奥で今も残響していた。
「……!」
その場に立ち尽くしかけた彼女の腕を、イーライ・ストラウス《ロングサイト》が無言で掴んだ。
「戻っても、何もできない」
リタは唇を噛み、何も言わずにうなずいた。
再び走り出す。階段を駆け上がる。
残り時間──3分45秒。
* * *
施設出口。最後のシャッターを開け、外気が流れ込む。
吹雪は相変わらずだが、ヘリの音が確かに近づいている。
ノアが最後尾から振り返り、念のため確認する。
「全員、よし……離脱するぞ」
4人が飛び出す。
雪を蹴り、岩肌を越え、風を切るように進む。
頭の中には、ただひとつだけが響いていた。
──助けられなかった命。
──選べなかった未来。
──選ばざるを得なかった現実。
* * *
ヘリに乗り込んだ直後、
リタの端末に、タイマーが最後の表示を浮かべる。
**00:00**
次の瞬間、雪山全体が揺れた。
爆風が地下から噴き上がり、炎と瓦礫を巻き上げる。
白と赤と灰の色が、空に交じる。
誰も何も言わない。
ただ、その光景を、黙って見つめていた。
* * *
ノアが静かにデータ端末を閉じる。
イーライは、スコープ越しに崩れ落ちる山を見つめていた。
オーウェンがそっと呟く。
「……こんな任務、娘には話せねえな」
そしてリタが、風の音にかき消されそうなほどの声で呟く。
「……これは、正しかったの?」
誰も答えなかった。
ただ、エンジン音だけが、夜空へと消えていった。




