第13話 目醒(Awaken)
静かな空間だった。
冷気が張りつめた室内には、規則的に脈打つ電子音だけが鳴っていた。
眠る子どもたちの生命を知らせるかのように。
リタ・サヴェッジ《フェンサー》は、カプセルの一つに両手を添えていた。
その中にいるのは、あどけない顔をした男の子。
呼吸は穏やかで、目を閉じたまま。
だが、そこに“生”が確かにあった。
「……これが、研究の成果?」
オーウェン・ケイン《ブルワーク》が呆然と呟いた。
彼の視線もまた、別のカプセルへと注がれている。
「神経刺激による兵士化。記録によれば、5歳から10歳を対象に“戦闘反応”を植えつけている」
ノア・リン《オーバーワッチ》の声が無線から届く。
静かで、そして珍しく感情を押し殺したような口調だった。
「中枢制御装置付き。意識はほぼ眠らされたまま、脳波信号で行動制御」
「人を、モノとして扱ってるってことか……」
イーライ・ストラウス《ロングサイト》が短く吐き捨てた。
* * *
リタの拳が、震えていた。
殺し合いの場には慣れている。
不条理も、理不尽も、命の消耗も、全部見てきた。
だがこれは──「作られた命の戦場」だった。
「こんな……こんなものを、許していいの……?」
誰に問いかけているわけでもない。
彼女の声は、ガラス越しの子どもに向けられていた。
端末が表示する残り時間は──12分47秒。
* * *
「救出手段は?」
リタの問いに、即答はなかった。
「運搬不能。生命維持システムは施設直結。持ち出せば死ぬ」
ノアの冷静な声。
「冷凍移送も不可能だ。外気温との差と構造上の問題で生体が耐えられない。全員は無理だ。……一人すら」
「その言い方、冷たいな」
オーウェンが睨むように言った。だがノアは返さなかった。
「タイマー停止も不可能。物理接続を解除すれば暴発する」
「じゃあ……」
リタはカプセルの前に立ち尽くす。
ただ、それ以上は言えなかった。
* * *
カプセルの中の少年と、リタの視線が一瞬だけ重なった気がした。
眠っているはずなのに──どこか、訴えるような表情。
心が叫んでいるのだ。「助けて」と。
「フェンサー。……時間だ」
イーライの声。
だがリタは、動けなかった。
足が、まるで氷のように凍りついていた。
「私は……この子たちを……」
言いかけた言葉が、喉の奥で崩れた。
オーウェンが、そっと彼女の肩に手を置いた。
「できることは、なかった」
「でも……見殺しにすることは……」
「今は、それしかできない。俺たちは、兵士だ。ヒーローじゃない」
リタはゆっくりとカプセルの端から手を離す。
顔を伏せたまま、わずかに唇を動かす。
「ごめんね……」
その一言だけが、静かに研究室に落ちた。
* * *
《サングレフ》は撤退を開始した。
通路を走る。無線に流れるのは、カウントダウンの数字。
08:12
07:55
07:14
誰も何も言わなかった。
足音と呼吸だけが、戦場のように響いていた。
彼らの中で、戦いは終わっていない。
命を奪うこと以上に、命を救えなかったことが重く残っていた。
* * *
ヘリのローター音が近づく。
吹雪の中、視界が白く閉ざされる。
その雪の向こうに、光のような爆炎が一筋立ち昇った──




