表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/30

第13話 目醒(Awaken)

 静かな空間だった。


 冷気が張りつめた室内には、規則的に脈打つ電子音だけが鳴っていた。

 眠る子どもたちの生命を知らせるかのように。


 リタ・サヴェッジ《フェンサー》は、カプセルの一つに両手を添えていた。

 その中にいるのは、あどけない顔をした男の子。

 呼吸は穏やかで、目を閉じたまま。

 だが、そこに“生”が確かにあった。


 「……これが、研究の成果?」


 オーウェン・ケイン《ブルワーク》が呆然と呟いた。

 彼の視線もまた、別のカプセルへと注がれている。


 「神経刺激による兵士化。記録によれば、5歳から10歳を対象に“戦闘反応”を植えつけている」


 ノア・リン《オーバーワッチ》の声が無線から届く。

 静かで、そして珍しく感情を押し殺したような口調だった。


 「中枢制御装置付き。意識はほぼ眠らされたまま、脳波信号で行動制御」


 「人を、モノとして扱ってるってことか……」


 イーライ・ストラウス《ロングサイト》が短く吐き捨てた。


     * * *


 リタの拳が、震えていた。


 殺し合いの場には慣れている。

 不条理も、理不尽も、命の消耗も、全部見てきた。


 だがこれは──「作られた命の戦場」だった。


 「こんな……こんなものを、許していいの……?」


 誰に問いかけているわけでもない。

 彼女の声は、ガラス越しの子どもに向けられていた。


 端末が表示する残り時間は──12分47秒。


     * * *


 「救出手段は?」


 リタの問いに、即答はなかった。


 「運搬不能。生命維持システムは施設直結。持ち出せば死ぬ」


 ノアの冷静な声。


 「冷凍移送も不可能だ。外気温との差と構造上の問題で生体が耐えられない。全員は無理だ。……一人すら」


 「その言い方、冷たいな」


 オーウェンが睨むように言った。だがノアは返さなかった。


 「タイマー停止も不可能。物理接続を解除すれば暴発する」


 「じゃあ……」


 リタはカプセルの前に立ち尽くす。

 ただ、それ以上は言えなかった。


     * * *


 カプセルの中の少年と、リタの視線が一瞬だけ重なった気がした。


 眠っているはずなのに──どこか、訴えるような表情。


 心が叫んでいるのだ。「助けて」と。


 「フェンサー。……時間だ」


 イーライの声。

 だがリタは、動けなかった。


 足が、まるで氷のように凍りついていた。


 「私は……この子たちを……」


 言いかけた言葉が、喉の奥で崩れた。


 オーウェンが、そっと彼女の肩に手を置いた。


 「できることは、なかった」


 「でも……見殺しにすることは……」


 「今は、それしかできない。俺たちは、兵士だ。ヒーローじゃない」


 リタはゆっくりとカプセルの端から手を離す。

 顔を伏せたまま、わずかに唇を動かす。


 「ごめんね……」


 その一言だけが、静かに研究室に落ちた。


     * * *


 《サングレフ》は撤退を開始した。


 通路を走る。無線に流れるのは、カウントダウンの数字。


 08:12

 07:55

 07:14


 誰も何も言わなかった。


 足音と呼吸だけが、戦場のように響いていた。


 彼らの中で、戦いは終わっていない。

 命を奪うこと以上に、命を救えなかったことが重く残っていた。


     * * *


 ヘリのローター音が近づく。


 吹雪の中、視界が白く閉ざされる。


 その雪の向こうに、光のような爆炎が一筋立ち昇った──

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ