第12話 冷血(Cold Work)
無音が続いていた。
地下二階。中央サーバールーム。
回転音のない冷却機構。無人。無音。そして──無慈悲な設計。
「……随分と、静かな職場環境だな」
ノア・リン《オーバーワッチ》が肩をすくめながら端末に接続する。
「警報なし、ロックも解除済み。これは、隠すことを諦めたってことか?」
「あるいは、見られても構わないと……」
イーライ・ストラウス《ロングサイト》が壁際から警戒態勢を崩さずに言う。
「どっちにしろ、見た奴は全員殺される前提だったってことだな」
ノアは苦笑し、サーバーからのデータ吸出しを開始する。
* * *
一方その頃、地下三階。研究区画。
リタ・サヴェッジ《フェンサー》とオーウェン・ケイン《ブルワーク》が廊下を進んでいた。
「ここが、例の“実験エリア”か?」
「そう。記録だと"Zone C"──非公開階層」
壁には赤黒いペイントが走っている。消毒済みの痕跡か。
周囲の扉は分厚く、どれも生体認証で閉ざされていた。
オーウェンが左腕の端末を操作しつつ、小さく息を吐いた。
「爆薬、設置完了。起爆タイマーは30分に設定。施設全体を覆う形で五点設置済み」
「始めるしかないわね」
リタの手がホルスターに伸びる。
《ユリシーズ》の冷たい金属の感触が、彼女の指を締める。
カチリ、と起爆スイッチが押された。
──カウントダウン、開始。
* * *
「こちら《フェンサー》。タイマー作動。全員、退路の確保と撤収ルートに移行」
「了解。《ロングサイト》、データ回収中。残り5%」
「《オーバーワッチ》、監視ドローンは沈黙。施設外、敵影ゼロ」
《サングレフ》は粛々と行動を移す。
まるで歯車のように、狂いなく。淡々と。
だが、リタの表情にわずかな違和感が浮かぶ。
「この施設、……何か、妙ね」
「妙?」
「誰もいない。サーバーも守られてない。研究区画も、反応が薄すぎる」
オーウェンが小さく頷く。
「俺も感じてた。何か“隠されてる”。爆薬の配置図にも、空白の区画があった」
「オーバーワッチ、空間構造の再確認。未登録の部屋があるはず」
「……解析する」
* * *
ノアの解析によって、一枚のフロアマップが再構築された。
そこには──明らかに不自然な空白があった。
地下三階、北側。
通常のアクセスでは表示されない“別の区画”。
「Zone E……隠しフロアだ。入り口は偽装された薬品庫の奥。扉は一枚、電子ロック式」
「時間は?」
「残り23分。間に合うかどうかは、お前らの脚次第」
リタとオーウェンが顔を見合わせる。
言葉はなくとも、行動は一致していた。
「行くわよ」
* * *
薬品庫の奥、鋼鉄の扉が冷たく彼女たちを迎えた。
ノアの指示通りにコードを入力すると、扉が重く開く。
その瞬間、ひやりとした空気が流れ出す。
冷蔵施設──いや、“保存”のための空間。
リタが一歩足を踏み入れる。
そこで、見た。
並ぶカプセル。
内部に浮かぶ小さな人影。
子どもたちだ。
10歳にも満たないような、眠らされた子どもが、十数人。
「な……っ」
言葉が出なかった。
オーウェンが愕然とし、口元を手で覆った。
「生きてるのか……? こんな状態で……」
リタが手を伸ばし、ガラスに触れる。
ぬくもりはない。だが、生体反応が微かにある。
「研究内容、解読した。……対象は“神経制御による兵士化”」
ノアの声が震えていた。
「この子たちは、実験体だ」
* * *
《サングレフ》は、“情報”を求めてここに来た。
だが今、彼らの前にあるのは──命。
静かに、カウントダウンの音が、端末に表示されていた。
残り──18分34秒。




