第11話 侵雪(Into the Snow)
視界が白く塗り潰されていた。
強風が雪を舞い上げ、濃霧のように包む。
そこに黒い影が、音もなく降り立った。
《サングレフ》──民間軍事会社所属の精鋭4人。
任務は、極秘研究施設への潜入、データ奪取、そして施設の破壊。
舞台は、中央ヨーロッパ某国の雪山。
標高3200メートルの地点にある、地図に存在しない研究棟。
依頼主は匿名、報酬は高額。だが任務内容は──不気味なほど沈黙していた。
* * *
「風速24。視界は5メートル。滑落注意な」
ノア・リン《オーバーワッチ》がドローンからの地形データを読み上げる。
イーライ・ストラウス《ロングサイト》 ライフルはすでに構えられており、周囲の雪の動きを捉えていた。
「目標施設、300メートル先。雪崖の下、人工の岩盤に扉あり」
「そろそろ“出迎え”が来てもおかしくない距離だな」
オーウェン・ケイン《ブルワーク》が、低い声で呟く。
リタ・サヴェッジ《フェンサー》は、誰よりも静かに前を見据える。
吹雪の中、淡く光る施設の輪郭が、ようやく姿を現しはじめた。
* * *
扉の前には、重装備の警備兵が2名。
ARゴーグルを装着し、短機関銃を構えていた。
だが、彼らがリタに気づいたときには、すでに遅かった。
《ユリシーズ》のサプレッサー付きの一発が、一人の眉間を撃ち抜く。
もう一人が反応する前に、オーウェンが肩ごと吹き飛ばした。
「ドアロック確認。……8桁コード入力式。物理破壊もいけるが?」
「待てブルワーク。オーバーワッチ」
リタの言葉に応じて、ノアが端末を操作する。
「ハッキング開始。2分で開ける。お茶でも淹れる?」
「いらない」
「冷たいな。ここ寒いのに」
イーライがスコープを通して周囲を警戒する。
「ドローン複数、雪山斜面に待機中。撃たせるなよ、目立つ」
* * *
扉が静かに開いた。
内部は暖かく、そして不気味なほどに静かだった。
「ようこそ地獄のキッチンへ、ってか」
ノアが小声でつぶやく。
「制限時間は?」
「データ奪取までは不明。だが、設置した爆薬で“それ以降”は30分」
「じゃあ、静かに速くやろう」
オーウェンが足音を殺して前進する。
イーライが後方に下がり、通路を監視。
「施設内構造、想定より広い。3フロア構成、最深部は地下3階」
「サーバーは地下2階、研究室群は地下3階。武装警備兵あり」
ノアの情報を頼りに、3人は内部へと侵入する。
* * *
施設は無機質だった。
壁は金属、照明は白く、空気は乾燥していた。
「まるで、……生き物がいないようだな」
オーウェンがぽつりと呟いた。
「いや、いる。……匂いがする」
リタの声に、空気が静まる。
彼女は何かを感じ取っていた。
金属の匂い、漂う薬品の香り、そして──血の痕。
この施設で、何かが行われている。
それも“人に対して”。
* * *
通路の奥から、警備兵が現れる。
リタとイーライが即座に対応。
発砲は最小限、制圧は瞬時。
《サングレフ》の名は、伊達ではなかった。
「ここから先、敵の密度が上がる」
「つまり、情報の密度も上がる」
ノアの端末に、ようやく内部サーバーのネットワークが接続された。
「ここからが本番だ。……誰も見たくないモノが、記録されてるぞ」
* * *
データを抜き取る間、リタは黙って周囲を見渡す。
冷たく、整ったこの施設に、“命の気配”がまるでなかった。
だが彼女は、直感でそれを否定していた。
──この奥に、何かがいる。
この任務は、ただの“破壊”では終わらない。
リタの胸の奥に、まだ形を成さない不安が、わずかに疼いた。




