第1話 侵入(Breach)
日が沈みきらぬうちに、戦場は始まっていた。
中東のとある内戦地帯。かつて工業都市として栄えたその街は、今や鉄と煙の瓦礫の山だ。廃工場の一角に、国際的な監視対象となっている武装勢力の拠点が存在する。違法な兵器の保管と、複数の人質が拘束されているという情報が入ったのは、わずか十二時間前のことだった。
対応に選ばれたのは、PMC。個人の能力と戦術行動に特化した、少数精鋭の非正規部隊である。
砂塵舞う夜明け前、作戦は始動した。
* * *
「ブリーフィング送信完了。ターゲット構造図、敵勢力の配置、屋内センサー網、全部オーバーライド済み」
通信機越しに、落ち着いた声が響く。ノア・リン──コードネーム《オーバーワッチ》。遠隔から支援する電子戦のスペシャリストだ。
「じゃあ、俺は南の排水路ルートから入る」
静かに告げたのはイーライ・ストラウス。スナイパーであり索敵のプロフェッショナル。《ロングサイト》の名は伊達ではない。
「俺は北側の壁ごと突っ込む。連中、音には驚くだろうな」
重量級の装備を担いで笑うのは、オーウェン・ケイン、《ブルワーク》。元軍用科学者とは思えぬ筋骨と火力を誇る重装兵だ。
そして、4人目の影が、物音ひとつ立てずに佇んでいた。
「私が正面を引く。突入後、内部通路で合流」
短く言い切ったその女──リタ・サヴェッジは、膝のホルスターからハンドガン《ユリシーズ》を外し、銀刃のナイフ《レメゲトン》を確認する。
彼女のコードネームは《フェンサー》。戦場を縦横無尽に駆け、敵を切り裂く剣士だ。
* * *
廃工場に向かう暗渠は、ヘドロ混じりの悪臭が鼻を刺す。ノアのハッキングによって監視カメラは無力化されたが、警備兵は健在だ。
「接敵、3名。装備は旧式のAK。配置、ばらけてる」
ノアの情報に、リタは一瞬だけ呼吸を整え、足を踏み出した。
コンクリートの影から一気に躍り出る。銃声は――ない。
《ユリシーズ》から吐き出されたサプレッサー付きの一発が、最も遠くの兵士の頭部を射抜いた。
同時に、リタの身体が回転する。
《レメゲトン》が、警備兵の喉元を無音で裂く。
最後の一人は声を上げる間もなく、リタの蹴りで壁に叩きつけられ、そのまま昏倒した。
「処理完了。制圧に要した時間、十秒」
通信に報告を入れながら、リタは無表情のまま次の扉へと歩き出す。
* * *
外周部から、激しい爆音が響いた。オーウェンの突撃が始まったのだ。
その間に、リタとイーライは内部へ突入する。
工場内のレイアウトは入り組み、光もほとんど入らない。だが、それを不利とする者はいなかった。
イーライのスコープが敵の熱源を捉える。無言でリタがうなずき、ふたりは分かれる。
連携など、言葉にするまでもない。
* * *
「よし、セキュリティは全解除完了。敵の通信もジャミング済み。どうぞ、派手に暴れて」
通信越しのノアの声に、リタが小さく微笑んだ。
「了解。フェンサー、侵入完了」
4人のプロフェッショナルが、無音の雷のように敵地を走る。
サングレフ──それは、制圧の赤い閃光。