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そして迎えた試食会当日。今日は設備点検や大掃除なども行う月に一度の休館日ということで、従業員総出で天の湯の幹部たちを出迎えることとなった。
「ようこそ、いらっしゃいました。八雲様、蒼真様、熾音様」
いつものように、にこやかな笑みを浮かべて接客をする時景様。品位ある美しい所作に、改めてこの人が縁の坊の大旦那であることを実感する。そんな時景様を見遣った後、私はその奥に見える3柱の神様たちに目を向けた。
「ここに来るんも久々やなぁ。せっかくやから、あとで温泉入らせてもらおかな」
白の着物に、金刺繍の花が描かれた紺碧の羽織。濃藍色の髪は肩のあたりで切り揃えられており、にこやかだけれども何を考えているのか分からない瞳が印象的なのが、龍神の蒼真様。
「見たところ清掃は行き届いているようだね」
百花繚乱の花々が描かれた赤や黒、白の着物を重ねた火の神の熾音様は、豪奢な花飾りを揺らしながら、その燃えるような赤髪と、同じ色をした目で縁の坊のロビーを見渡している。
「よお、時景。今日はたっぷり楽しませてくれよ」
そして、額の角に、射抜くような鋭い切れ長の瞳。場の空気を一瞬で凍てつかせるような、威厳ある風格を漂わせているのが、鬼神の八雲様。
今日対面する前に彼らのことについては、従業員のみんなからいろいろと話は聞いていたけれど、いざ実際に幹部と呼ばれる彼らを目の前にすると、緊張で体が硬くなっていくのを自覚した。
私はこれから彼らの前で、新メニューのプレゼンをすることになっている。
正直いえば、今すぐ逃げ出してしまいたいくらい怖かった。人生の負け組で、落ちこぼれの私が、と思う自分もいる。でも……左右を見れば、氷雨さん、美鶴さん、弥生、とめ吉さん、源さんや貫太さん。それ以外にも縁の坊の従業員のみんながいる。そして、何より私の目の前に立つ頼りになる大旦那様、時景様がいる。
だから逃げない。
そんな強い気持ちをもって両手を握りしめ立っていると、彼らの視線が私に移る。興味深そうに見つめる瞳に、怖気づきそうになった私だったけれど、負けないつもりで、にこりと微笑んだ。すると、八雲様がハッと笑う声がした。
こうして私は、いよいよ試食会に臨むこととなった。




