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「……あかね、次の試食会がどんな結果になろうとも構いません。貴女は貴女が思うものを作りなさい」


時景様はそう言って、ふわりと笑いかけてくれた。


「でも、それじゃあ時景様が──」

「そこは気にしなくていいですから」


戸惑う私をよそに、時景様は何でもないことのように笑って、そう言った。


「実は、あの離れが邪気を払っているのを知っていながら、その事実を伝えずにあかねを、あそこに住まわせたという負い目もありますし……」

「え?」


思いがけない告白に、私の目が点になる。あははと乾いた笑いを浮かべる時景様に事情を聞けば、それが人間である私を縁の坊で雇う条件だったそうで、無事呪縛霊の小夜も成仏したから問題ないということだったけれども。


そんなことがと頭を抱える私の顔を、ひょいと覗き込み、「それに」と、にこにこ笑顔を向けてくる時景様。


「仮に大旦那の任を解かれることになったら、あかねと一緒に住むというのも悪くありません」


笑顔で爆弾発言をぶっこんできた時景様に、私は思わず「は?」と低い声を出してしまった。「ん?」と爽やかな笑顔で誤魔化そうとする時景様だが、何だその「名案だ!」みたいな顔。


「い、一緒に住むとかそんな……!」

「今度は私が職なしのニートになるんです。恩返しと思って、しばらく家に置くくらいいいでしょう?。それなら、いつでも美味しい菓子を食べられますし……」

「いや、何ですか、その理屈!」


のほほんと、そんな構想を立てている時景様に詰め寄って抗議の声をあげる私。そんな私を見た時景様は、ふふと楽しそうに笑った。そして──。


「……よかった。いつものあかねに戻りましたね」


その言葉に、私は目を大きく見開く。やっぱりこの人は、どんな状況であっても、いつだって私に優しいのだ。それと同時に私の胸に湧き上がった思いに、両手を強く握りしめた。


「……時景様。私、頑張ります。この旅館の大旦那を、辞めさせたりなんかしません」


そう心に堅く誓う。だって、時景様は私に言ってくれたじゃないか。


『三度目、四度目の挑戦で、できることだってあります。諦めたくない夢があるのなら、叶えられるまで続けてみればいいじゃないですか』

『あかねが作ったすいーつ、私は好きですよ』


その期待に、私は何としてでも応えたい。


今の私が力不足なのは百も承知だ。未熟で、足りないものだらけで、何ひとつ持っていない。だけど、この地に足を踏み入れたとき、そんな何もない自分から変わりたいと思った。逃げてばかりの、ダメな自分を変えたい。そう思ったから時景様の手を取ったんだ。


「必ず、幹部全員を納得させるスイーツを作ってみせます」


力がこもった私の宣言に、時景様はすべて分かっていたかのように「ええ」と笑い返してくれたのだった。

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