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「それは紛れもない、あの女性との出会いがきっかけでした」
時景様はそう言うと、にこりと私に微笑みかけた。優しく、温かな眼差し。その慈しむような瞳に、もしやとある考えに思い至り、私は「その女性って、もしかして」と時景様に問うた。
「ええ。彼女はあかね……貴女の遠い祖先である御方です」
その言葉に、私ははっと息を呑んだ。
「私は長く幽世にいましたが、縁あってまた有馬の地へ舞い戻ることになりました。『有馬に新たな温泉旅館を作る。この地が繁栄するような旅館にしてこい』と、そう天の湯の幹部たちに命じられたとき、私はかつての縁を感ぜずにはいられませんでした。……そして、そんな縁深い有馬の地で、再び、かつての恩人の血を引く貴女に会った」
時景様はそう言うと、ふわりと微笑んだ。
「一目見たときから感じる何かがありましたが、弥生に貴女のことを調べさせ、貴女が恩人の血を引く人の子だと分かった瞬間、あの時の縁が再び繋がったことをとても嬉しく思ったのです。……この国には古くから『恩送り』という言葉があるでしょう。受けた恩は、別の者へ。だから私は、あかねに手を差し伸べた」
そう言って近づいてきた時景様を、そっと見上げる。私はギュッと涙を堪えるように手を強く握りしめ、美しい翡翠色の瞳を見つめた。
「けれど、貴女をうちの菓子職人にしようと思ったのは、それが理由だけではありません。……あの時、私は貴女にも言ったでしょう?『貴女が作った菓子は優しい味で、食べると心が満たされる』『そんな菓子を、宿に来るお客様にも味わってほしいと思ったから』と──」
「その言葉に嘘偽りはありません」と続けた時景様。
私は何も知らなかった。時景様がこの有馬の地をどれだけ大切に思っていたのか。どんな思いで縁の坊の大旦那を務めていたのか。そして、どんな思いで人間である私をこの旅館へ迎え入れてくれていたのかを。




