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「おい、あかね!」
厨房の台の上にレシピを広げて頭を抱えていた私のもとに、突然やってきたのは烏天狗の弥生だった。息を切らし切羽詰まったような表情をする弥生に、ただごとではない空気を感じた私は、「どうしたの」と彼に問いかけた。すると、弥生は顔を真っ青にして私を見る。
「……いま時景様の執務室で、氷雨さんと話してるのを偶然聞いちまったんだけど、今度の試食会、天の湯の幹部連中が審査をすることになったらしい」
その言葉に、私は首を傾げた。
「天の湯の幹部って……」
「鬼神の八雲様、龍神の蒼真様、火の神の熾音様の3柱の神様で、この縁の坊の実質の経営者みたいなもんだよ」
「そ、それって時景様よりも、さらに地位が高い人ってこと……?!」
「そういうことだ」と続けた弥生は俯き、両手を握りしめていた。かすかに震える肩に私が顔を覗き込めば、「それだけじゃねぇ」と絞り出すような声。
「今回の審査で幹部連中が納得するような菓子を作れなかったら、お前がここを辞めさせられるのはもちろん、時景様が縁の坊の大旦那を辞めることになっちまうって……っ」
その言葉を聞いた瞬間、心臓がどくりと音を立てた。
「時景様が……?」
「ああ、時景様が辞めることになったら氷雨さんに次の大旦那を頼むつもりだって話してた……っ」
混乱しているのは弥生も同じだったようで、頭をがしがしとかき回しながら、その場にしゃがみこむ弥生。
「……氷雨さんが大旦那に相応しくない、だなんて思わねぇ。けど……っ」
それから言葉を詰まらせ肩を落とす弥生と同じようにしゃがみこみ、私は彼の肩にそっと手を置いた。いつもツンツンと偉そうな態度で接してくる弥生らしからぬ慌てように、それだけ彼が動揺していることが伝わってくる。それから私の目を見た弥生が、泣きそうな顔で言った言葉に、私は目を見開いた。
「……私、ちょっと時景様と話してくる」
時景様、どうして。そんな疑問ばかりが頭に浮かぶ。その答えを聞くために、私は厨房を出て時景様の元へと向かった。




