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幹部たちからの呼び出しの後、急いで現世に戻った私はまず氷雨を呼び出し、ことの顛末を伝えれば、いつもの冷静な氷雨らしからぬ様子でなぜだと詰問されることとなった。
「時景様……っ!どういうことですか、この試食会の結果によっては大旦那をお辞めになるとは!」
「……どういうことも何も全て伝えた通りです。今度の試食会の審査員は幹部3名。その結果が思わしくなければ、私は大旦那の任を解かれるということです」
「そんな……っ!」
目を大きく開け、気が動転している氷雨に私は苦笑を漏らす。いつも冷静な氷雨がこんなものだから、逆に今の私の心は思った以上に落ち着いていた。だから、氷雨へもしも自分がこの旅館を去ることになったときのことを話すことも、取り乱すことなく話せたのかもしれない。
「私の任が解かれたら、氷雨……貴方にこの縁の坊を頼みます──」
私がそう頼めば氷雨は切なげに顔を歪めた後、「お断りします」と即答し、俯いた。氷雨の長い髪がさらりと肩を滑り、彼の横顔を隠す。しばし流れた沈黙に、私は氷雨の胸中を思った。
自分でも彼に辛い選択を迫っているのは理解していた。けれど、この旅館を次に任せるのだとしたら、若旦那としてずっと私を支えてきてくれた氷雨しか適役はいないだろうと思ったのも事実。酷なことを言っていようとも、私はこれだけは彼に伝えておかなくてはと思ったのだ。すると、氷雨がそっと顔を上げた。突然の出来事に動揺しているのか、その瞳は不安そうに揺らいでいた。
「……私は、貴方が大旦那を務める旅館だからこそ、若旦那を引き受けたのです。貴方がいないこの宿を私がこれから率いていくなんて、私にそんな力など……っ」
その言葉に、ふと笑みが溢れる。私は本当に周りに恵まれてきた。一緒にこの有馬の地で新しく営む旅館を任されたとき、多くの仲間が私の元に集い、同じ志を持って、すべて一から始めたのだ。
「そんな顔をしない」
そう返せば、氷雨の顔は一層歪んだ。けれど、そんな鬱々とした雰囲気を吹き飛ばすように、私はにこりと笑ってみせた。




