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「……味が美味しいのはもちろんですけど、いつも内容が違っていて。次はどんな料理が食べらるんだろうって、仕事の合間の楽しみになっていました」


筍の煮物や、ふきのとうと桜えびのかき揚げ、菜の花のからし和え。まかない弁当にも春の素材が使われていて、ふとしたときに春を感じ、心穏やかになる自分がいた。私がそのことを伝えれば、美鶴さんも「私もそうよ」と笑う。けれど、と自分のことを思い返し、私は「でも」と呟いた。


「……『また食べたい』『次はどんなものが食べられるんだろう』と思ってもらえるスイーツを、私は作れるか。……その自信がありません」


そんな弱音を思わず吐く。すると、美鶴さんは花型の人参をつまみながら「そうよね」と呟いた。それから顔を上げれば、美鶴さんは「ねえ、あかねちゃん」と私の顔を覗き込んだ。


「……まかないってね、内容はその日の食材状況によるから違うけど、彩りや栄養にもこだわって作っているんですって。主に弁当づくりを担当しているのは見習い中のあやかしとはいえ、従業員向けのまかないでもあっても手を抜かないのは、料理長であるとめ吉さんの方針みたい。とめ吉さんは、お客様だけじゃなく、縁の坊で働く私たちのこともきちんと考えてくれているんだって知って、私すごく嬉しくなったわ」


美鶴さんはそう言うと、にこりと微笑んだ。


「……縁の坊の料理は、そうしてできているのだと思うの」


美鶴さんの指摘に、ああ、そうだと私自身も改めて気づく。もうひと月近く食べていれば、分かるものだ。このまかない弁当に、料理人たちの愛情がどれだけ込められているか、なんて。


あの日、私が作ったスイーツにはその視点が欠けていた。いざ、自分の作ったスイーツの良し悪しを判断されるとなると肩に力が入りすぎて、肝心の「誰のために作るのか」が蔑ろになっていた。それは、きっと「パティシエになれなかった自分」に固執しすぎているのも原因なのかもしれなかった。


けれど、今となっては、その「お客様が喜んでくれるスイーツ」が、何なのかも分からない。


「……もう少し、いろいろ考えてみます。時景様もチャンスをくださったので、最後まで頑張らないと」


これ以上、美鶴さんたちにも心配はかけられない。そう思って私は両手をぐっと握りしめて笑ってみせたけど、うまく笑えていたのかはあまり自信がなかった。

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