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『結論から言うと、私も今回のスイーツではお客様にお出しできないと判断しました』
時景様にそう言われてから数日が経った。あれから厨房にこもって、いろいろと試作品を練ってはいるものの、完全に手詰まりとなった私は側にあった丸椅子に座って項垂れた。
この旅館に来たときは満開だった桜も、いまは散り、青々とした青葉が茂っている。雲一つない空は憎いくらいに晴れやかなのに、私の心は曇天のように薄暗く、霧がかかっているようだった。
私に与えられた期限は、あと1週間と少ししかない。それまでにこの宿にふさわしいスイーツを完成させなければいけなのに、それに見合う品を自分が作れそうな気配がまるでなかった。
『とろいんだよ、お前は何から何まで』
『向いてないんじゃないか、パティシエ』
鬱々とした気持ちは思い出したくない過去も引き寄せて、私の心をどんどんと引きずりこんでゆくようだった。
変わりたい。
そう思ってあやかし旅館での仕事を引き受けた。なのに、あの頃みたいに同じ場所に立ったまま動けない自分……。それがもどかしくて、悔しくて、情けなかった。
このままではいけないと、そう分かっているのに、まるで先の見えない霧の中に立っているような感覚に足がすくんでいくようだった。気づけば時間だけがどんどんと過ぎていき、焦る自分もいた。
みんなに認めてもらえるスイーツを作らなくては。
その言葉が頭からこびりついて離れなくて、私の心をより一層急き立てていたのだった。
「あかねちゃん」
と、そのとき、名前を呼ばれ顔を上げると、厨房の入り口に美鶴さんがいた。
「美鶴さん……」
「昼休憩だから、ちょっと覗きに来たの」
可憐な笑みを浮かべ中へと入ってきた美鶴さんは、料理本や手書きのレシピなど、いろいろな資料が散らばっている台の上をちらりと見遣った後、また私に向き直った。
「ねえ、あかねちゃん。よかったら今日はまかない弁当、外で食べない?」




