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「……目ざとい男は嫌われるぞ」
じと目でそう告げれば「気配りができると言ってもらいたいものですがね」だなんて返ってきて、はあと大きなため息をついた。こやつには何でもお見通し、ということなのだろうか。
「……わらわが鎮座する生田神社は、この神戸の街でも有数の神社じゃ。ほかの神社に比べれば参拝客は多く、毎日境内は賑わっておる。……じゃが、明らかにかつての頃よりも神力が衰えている自分に、そして人の子らの縁を結ぶための祈りを捧げる日々に、少し疲れただけじゃ」
そう言って、切子細工の涼しげな赤のお猪口に入った酒をぐいと煽る。
そう。ただそれだけのことなのだ。自分が思い悩んでいることなど、何とも小さな悩みであり、こんなことで従者たちを煩わせて我がままを言っている自分自身を、ほとほと情けなく思う。神力がもっと強かった以前のわらわは、こんな些末なことで憂うことなどなかったというのに。
そんなわらわの気持ちを見透かしたかのように、ただ静かに酒を注ぐこの男の存在が、今の自分にはありがたかった。
「それはそうと、あのあかねとかいう人の子を縁の坊に雇い入れるとは、お主もまた思い切ったことをしたな」
一方的にやられるのは性に合わん。そう思ってあの娘のことを持ち出してみれば、ふわりと微笑んだ時景。
「……私にとって、あかねはまさに『縁』で結ばれた娘です。『天の湯』の幹部たちには随分と反対されましたが」
その表情は、どこか遠い昔を懐かしむような、そんな顔をしていた。
「『天の湯』の幹部連中相手によくもまあ……。それが、いずれお前の首を絞めることになるやもしれんというのに」
わらわの言葉に、それでもこの男は笑ってみせた。「覚悟はできています」だなんて、平然と、何でもないことのように言って。
「……稚日女尊様もいろいろと思うところがあるでしょうが、この宿にいる間は日々の忙しさや辛さを忘れ、どうぞ心ゆくまでごゆっくりなさってください。それが、この『縁の坊』の大旦那を務める私の願いですから」
時景はそう言うと、またわらわの杯に酒を注いだ。落ち着いた音楽が流れる静かな空間は、確かに心地がよく、荒んだ心を和らげてくれているような気がした。




