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「稚日女尊様、今回の滞在はいかがですか」
敷地内に灯籠が灯り、すっかり暗くなった夜空を窓越しに眺めながら酒を飲んでいると、この旅館の大旦那である時景がやってきた。洒落た音楽が流れるこの広間には、昨夜私が座っていたカウンター席とやらと、丸机を取り囲むように3、4つの椅子が並ぶ座席が備わっている。
窓際にあるこの席は窓の外に広がる景色をよく見ることができ、縁の坊に来たときはわらわが好んで座る席だった。空には満天の星がきらきらと煌めき、月が美しく輝いている。そんな雅な景色を見ていると、ふと心が和んでゆくようで、この旅館には定期的に足を運んでいた。
「客室も、料理も、接客も申し分ない。有馬の湯は保温性も高く、体の奥まで温まるから良い。今回も、快適な滞在じゃ」
にこやかに微笑み、わらわの返事を待つ金狐にそう返してやると、時景は徳利を手に取り、空になったお猪口に透明に澄んだ酒を注いでくれた。
「今日は菊正宗酒造の百黙ですか」
「ああ。ほどよく甘みがあっていいぞ」
そう返せば「本当にお好きですね、灘の酒が」と笑われた。
わらわが鎮座する生田神社より、さらに神戸の東に位置する灘から西宮にかけては酒蔵が点在している灘五郷とよばれるこの国一番の酒どころがある。そんな地元の名酒は御神酒として奉納されることが多く、普段からよく飲む、わらわが特に好きな酒だった。
「宿の大旦那を任されている身としては『快適な滞在』というお言葉は大変嬉しく思いますが、その割に表情は明るくないですね」
時景の言葉にすと顔をあげれば、にこにこと癪に障る笑顔。




