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「や、弥生さん……?」
確か彼は、私が泊っていた旅館に時景様と一緒にいた天狗の青年だ。黒髪に、アーモンド型のくっきり二重。凛とした顔立ちで、時景様ラブな様子が印象的だった。
「『弥生さん』とか気持ちの悪い呼び方するな……!」
「じゃあ、何て呼べば」
「呼び捨てでいい」
つーんとすまし顔でそう言われ、「じゃあ弥生で」と返しておく。私が名前を呼ぶことには文句はないところに、何だかかわいさを感じるけども。
「で、弥生は何の用でここへ……?」
あまりにツンツンしているので、苦笑を浮かべながらも恐る恐るそう尋ねてみた。すると、ずいと目の前に酒瓶。はて、と首を傾げれば「いるんだろ、これ」とぶっきらぼうに告げられた。見れば酒瓶のラベルには「福寿」と書かれている。
「これ、どうして……」
確かにちょうど今からのお菓子作りに日本酒が必要だとは思っていたけれど。ナイスタイミングすぎると思って私が目をパチパチさせて驚いていると、弥生は他にも籠の中からいろいろな酒蔵の日本酒を取り出して台の上に並べた。
「お前には護衛目的で、時景様の式がまとわりついてんだよ。その式からの伝達を聞き、時景様の手を煩わせるわけにはと思い、非番の俺がわざわざ日本酒を持ってきてやったってわけだ」
「護衛目的の、式……?」
初めて聞く話にぽかんとする私を、弥生は胡乱な目で見つめてくる。
「……一応、お前は人間だからな。あやかしまみれの中にいることで、何かあったら困るだろ」
「ほら、これがその式神だ」と弥生が指さした方向に、鳥の形をした白い紙がパタパタと飛んでいた。こんなのが身の回りに飛び回っていたなんて、全く気付かなかった。
「全然気づかなかったわ……」
「目に見えたら護衛の意味なくなるだろ」
馬鹿なのか、とでも言いたげな口調はかわいくない。でも、そうか。時景様は側にいないときにも私のことを気遣ってくれていたのだな、と思い、心強くなる。




