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翌朝、厨房へ向かう途中の中庭で、私は稚日女尊様の神使である信さんと再会した。信さんは中庭から客室がある本館の方を見つめおり、その大きく逞しい体からはおよそ想像できない様子で、どこかしゅんと落ち込んでいるようだった。だからだろうか、私が「信さん」と思わず声を掛けてしまったのは。


「貴女は、昨日の……」

「藤宮あかねです。今日も稚日女尊様のところへいらしたんですか?」


信さんにそう尋ねると、「ええ」と静かな声が返ってくる。その声色には覇気がなく、彼に元気がないのは明白だった。


「あの……稚日女尊様が長期休暇を取られているのは、何か理由があるんですか?」


私の質問に信さんは「それは」と言いかけて言葉を詰まらせると、沈鬱そうな表情を浮かべた。


「ある日、私ともう一人の神使、凪と3人で話しているとき、些細なことが原因で喧嘩になってしまい……。『もうおぬしらのことは知らぬ』と、稚日女尊様が出ていかれてしまったのです」

「喧嘩が原因、ですか」


私の問いかけに、信さんは俯き「いえ」と返した。


「これまでに似たような喧嘩をしたことがありますが、これほど社を空けることはありませんでした」

「だったら、別の原因が?」


首を傾げるる私に、信さんは「これは私の憶測にすぎませんが」と前置きをした。


「……稚日女尊様が、縁結びの女神様であることはご存じでしょうか」

「ええ、もちろん」


私がそう返すと、信さんは意を決したようにぽつりぽつりと稚日女尊様のことを話してくれた。


「稚日女尊様が縁結びの神と呼ばれるようになったのは、もともと神代時代に機殿で神服を織っていたところからです。糸をつむぐ……ご縁をつむぐに繋がり、縁結びのご利益がある神様として人の子から崇められるようになりました。稚日女尊様ご自身も、そのお役目に誇りを持ち、神社へ参拝に来る人の子らの幸せを願い、祈り続けてきたのです」


何気なくお参りに行く神社だけど、こうやってそこにお祀りされている神様の話を聞くと、何だかすっと背筋が伸びるようだった。


「ですが、この国に住まう人の子の数も年々減り、時代とともに神々への信仰心も薄れてきました。時代の流れだといえばそれまでですが、神は人の子らの信仰心によって神力が増していくもの。全盛期と比べると、随分と自分の力が衰えていることを、稚日女尊様は最近憂いているようなのです。今回社を出ていかれたのは、そのことについて思い悩んでいたという理由もあるのかもしれません。……そんな主の悩みを前に、私自身も、何も出来なかったことを情けなく思います」


そういって信さんは奥歯をぐっと噛みしめるように顔を歪め、自分を責めていた。

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