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◇◇◇


それから今日宿泊する旅館へ向かった私は、早々にチェックインの手続きを済ませ、部屋でくつろいだ後、旅館の大浴場へとやってきていた。


「ふう……温泉最高〜……」


白い湯気が立ち込める温泉に浸かり、温泉を取り囲む岩石に両手をかけながら思わずそう呟く。


有馬温泉は、鉄分を多く含んだ赤褐色の「金泉(きんせん)」と、炭酸を含んだ無色透明の「銀泉(ぎんせん)」の2種類の温泉が湧き出ているのが特徴らしい。この宿の大浴場には、金泉しかないようだけれど、金泉と銀泉、両方が楽しめる旅館や日帰り温浴施設もあると先ほど仲居さんから教えてもらった。


今回の旅の目的は、まさしく癒し。


半年前に働き始めた会社を辞め、気分転換に旅行しようと、神戸の中心部から電車で30分、家から比較的近い温泉地である有馬温泉へやってきたというわけだ。とはいえ、「気分転換」と思ってきたのに、湯に浸かり考えるのは仕事のことばかり。


「……はあ、私って社会不適合者なのかも」


今回の会社は、会社の決算データなどを分析して文章にまとめるのがメインの仕事。けれど、昔から数字が苦手な私にはまるで難解なタスクだった。


人手不足から雇われたのに、一向に成長が見られない私に社員の当たりは強くなり、それが次第に耐えられなくなって結局辞めた。


弱い、根性なしと言われたらそれまでだけど、このまま来る日も来る日も嫌な思いで仕事をするのか、と考えたら「我慢して続ける」という選択肢は消えた。


結果、また私はバイトで食い繋ぐフリーター生活に戻ることに。まあ独り身だし、それでもなんとかなるだろうけど……。


「はあ……」


学生時代の友人たちは社会人として、バリバリと仕事をしている。高校卒業後、専門学校に進み、誰よりも夢に向かって頑張る!と意気込んでいたはずなのに、気づけば私はフリーター生活だ。


こんなはずじゃなかったのにな……。


そんな思いが頭をよぎる。このままではダメだと思うのに、いつも同じことを繰り返している自分に、晴れやかだった心がまたずんと重くなった気がした。


「ああ、もうダメダメ!せっかく旅行に来たんだから」


暗くなりそうな気持ちを振り払うかのように、両頬をパンと叩いて気を晴らす。幸い、この後は部屋で美味しい食事が待っている。せっかくなので地ビールでも飲んでしまおうか、と思案しつつ、私は温泉から上がることにしたのだが──。

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