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◇◇◇


「はぁ~……疲れた……」


メニュー開発の仕事とは別に、宿にどんなお客さんが来ているのかを知るべく、仲居としての仕事もお手伝いしていた私は、ようやく社宅である離れに向かうところだった。


「市場調査は基本中の基本」


若旦那の氷雨さんの言葉を思い出し、まずはお客さんのニーズを調査しようと思ったのがきっかけだったのだけれど、今日は団体客2組が宴会を開いていて、それどころではなかった。


ひたすら料理やお酒を持って運ぶの繰り返し。人間の私に興味を持つあやかしたちも多かったけれど、にこにこと笑顔を浮かべた美鶴さんが「ここは任せろ」と言わんばかりにフォローしてくれたので、ことなきを得た。


『お客様、従業員への過剰な接触はお断りしてますので』


と、後ろに黒いオーラをまとって笑顔をふりまく美鶴さんは、普段の大和撫子然とした姿とはまた違った強さがあり、かっこよかったけれども。


「しらたまたち、もう寝てるかな……」


離れに住む白いモフモフのあやかし、しらたまたちは呪縛霊の小夜がいなくなってからも、あの離れに住み着いていた。まあ、一人で住むには広すぎる部屋だし、私が仕事に行っている間に部屋の掃除もしたりしてくれているようなので、むしろありがいたいというか。


「起きてたら作ったスイーツ、一緒に食べようかな……」


そんなことを考えながら夜空を見上げると、満点の星空が広がっていた。この旅館一帯は特殊な結界によって普通の人間からは、建物が見えないようになっている。でも、結界の中にいる私たちの場所からは有馬の空が見えるのだ。


煌々と光る月。キラキラと輝く星は市街地で見るより数も多く、綺麗に見えた。立ち止まって鼻から息を吸えば、新鮮な澄んだ空気が体いっぱいに広がって気持ちいい。その心地よさに私が浸っていたとき──。


「た、たすけて……」


か細く、苦しそうな女の人の声が聞こえてきて、私は辺りを見渡した。すると、そこには長い黒髪の一人の女性が、地面に這いつくばってこちらに向かって手を伸ばしているところだった。

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