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◇◇◇
「……かね。あかね、起きてください」
体を揺さぶられる感覚に、ゆっくりと意識が浮上していくのを感じた。体を起こし目を開けると、そこにはこちらを心配そうに覗き込む時景様と、美鶴さん、そしてしらたまたちの姿があった。
「ん……」
少し体のだるさを感じるものの、それ以外はいたっていつも通りに体にひと安心。私は二人に「うまくいきましたか」と尋ねると、「ええ」と時景様から返事が返ってきてほっと息をついた。
「まったく私があんたの体を乗っ取るつもりだったら、どうするの?」
その言葉にハッとして隣を見れば、桜色の着物を着た小さな女の子が立っていた。切り揃えられた肩よりも長い髪に、キュッと瞳が吊り上がった市松人形みたいな女の子。けれど、その姿は朧気で、いまにも消えてしまいそうなほど儚げだった。
「もしかして、小夜……?」
「そうよ。びっくりした?」
「ビックリも何も、どうして姿が──」
と私が目を瞬かせながら驚いていると、小夜の体がきらきらと輝き始める。そして。
「……もう、いくことにしたわ」
小夜は静かにそう言った。
「いくって、どこに」
混乱する私をよそに、小夜は「天国に決まってるじゃない」と笑う。
「……ずっと、この子たちを残していくことが心残りだったの。でも、もう大丈夫そうだから」
小夜はそう言うと、ちゃぶ台に並ぶしらたまたちに目を向けた。その眼差しはとても優しく、慈愛に満ちていた。それからまた、私の方を向いた小夜。
「あかね……この子たちをよろしくね」
「よろしくって……」
呆然とする私。小夜の体は次第に薄くなり、輝きがどんどん増していく。
「貴女が作ったシュークリーム、美味しかった。『みんなで食べる料理はおいしいわね』って、そう言ってたお父様やお母様のことを思い出したわ。……ありがとう」
その言葉に、胸がじんわりと温かくなる。同時にギュッと胸が締め付けられるような感覚に、私はとっさに小夜に向かって手を伸ばそうとした。けれど、その手は宙を切り、当然だけどその姿を捉えることはできなかった。
「小夜……っ!」
地味な嫌がらせをしてくる、嫌味な幽霊だと思っていた。けれど、彼女のことを思うと、嫌いになれない私がいた。憎めない、そう思ったのは彼女の寂しそうな声が心に残っていたかもしれなかった。
「ちゃんと夢を叶えるのよ、今度こそ。……諦めないで、私も応援してるから」
にこりと綺麗に微笑む小夜は、とても幸せそうで、私の胸は一層締め付けられた。小夜はたった数日しか一緒にいなかった、姿も見えない幽霊だったのに。いざ、別れることになってしまうと、こんなにも悲しい気持ちになるなんて。だけど──。
両手をギュッと強く握りしめ、私はにかっと笑ってみせた。
「私……絶対諦めないわ!だから、小夜も天国から見守っていて!」
見送るのなら笑顔で。消えゆく彼女にそう返せば、「その日を楽しみにしているわ」と言い残し、笑った小夜はとうとう姿を消してしまった。
しんと静まり返る部屋。彼女がいた場所に残るきらきらと輝く光だけが、そこに確かに小夜がいたのだと教えてくれているようだった──。




