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いつもは彼らのようなあやかしに出合うと、素知らぬフリをしてやり過ごすことが多かった。
単純に懐かれると困るので距離を取っているというのもあるけれど、彼らが見えない人たちにとっては、誰もいないところでブツブツと呟いている私は不気味に見えるらしく、それを避けるためでもあった。
『あかねちゃんって、なんか変だよね』
『気持ちわる~い』
小学生の頃、周りからそんな陰口を言われて距離を置かれた私は一人で過ごすことが多かった。だから、彼らのことは見えないフリをして過ごす、ということが日常になっていたけれど。
「……食べる?」
気づけば私は、目の前でスコーンを物欲しそうに見つめる男に、そう声をかけていた。それはきっと、ほんの気まぐれだったと思う。あまりにも嬉々とした表情で見つめてくるものだから、なんだか小さな子どもみたいで可愛く思えた、というのもあった。
「いいのですか?!」
男の目が一層輝いて期待に満ちた顔で見つめられる。
「……余分に持ってきてるし、この後、宿に戻ったら温泉のあとに晩ご飯も食べるし。一つくらい、いいわよ」
私はジップロックの袋から、一番形のよいスコーンを選んで男に「はい」と差し出した。男はそのまま、何の変哲もないただのスコーンを大事そうに受け取る。
「ありがとうございます」
律儀に礼を述べ、スコーンを観察する男がなんだかおかしくて、また頬が緩む。私は大袈裟だなぁと思いながらも、「じゃあね」と彼に別れを告げた。
「それあげたんだから、もうつきまとったりしないでよー!」
そう言い残して、私は湯泉神社を後にした。ちらりと後ろを見遣ると、男はまだスコーンを観察しているようだった。まるで宝物を見つけた子どものような横顔に、胸の内が少しだけほっこりとした。




