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「……かね、あかねッ!」
ぼんやりとする意識の中、体を揺さぶられるような感覚を受け、私はハッと目を覚ました。顔をあげれば、こちらを心配そうに覗き込む時景様と目が合った。
「とき、かげさま……」
「大丈夫ですか?随分と、うなされていたようですが」
そう言われて、先ほどまで見ていた夢のことを思い出す。確か、病弱な女の子とお母さんがいて、それから……と続きを思い出そうにも、もやがかかったように途端に記憶が霧散してしまった。
「ちょっと夢見が悪かったみたいです。どんな夢かは忘れっちゃったけど……」
私の言葉に時景様はほっと息をつく。
「こんなところで寝ていては風邪を引きますよ。春とはいえ、朝晩は冷えますから寝るならきちんと布団で寝なさい」
お母さんみたいな物言いに、思わず「はい」と素直に返してしまった。「よろしい」と言う時景様は、ますますお母さんらしかった。
「っていうか、どうして時景様が私の部屋にいるんですか?!」
冷静になってみれば、ここは私のプライベート空間。そこへ上司が勝手に入ってくるなんて。前にも時景様が旅館の部屋に勝手に居座ってお茶を飲んでいたことを思い出し、そういえば前科ありだったな、この人……と思う。けれど──。
「夜のまかないを持ってきた心優しい上司に向かって、そんな口の聞き方をしてもよろしいのですか」
「にっこり」と言葉が背景につきそうなくらい綺麗な笑顔で微笑まれ、私は慌てて時景様に詰め寄った。見れば、時景様の側にはお盆に乗った1人用の小さな鍋が置いてある。
「す、すみませんでした!いります、食べたいです!お腹ペコペコです!」
起きてすぐ、ご飯のこととなると前のめりになる私に苦笑を漏らしつつ、時景様はちゃぶ台の上に「どうぞ」とお盆を置いてくれた。




