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◇◇◇


『お母さま』


畳の上に敷かれた布団にくるまった少女が、側にいた母の背中にそう声をかけた。春らしい桜色の着物に身を包んだ母は裁縫をしていた手を止め、『なあに、小夜(さよ)』と微笑んだ。


『なに、つくってるの』


少女がそう尋ねると、母は『目が覚めたの?』と嬉しそうに布団の側に寄った。熱にうなされていたときよりも顔色がよくなり、青白かった顔も少しだけ血色がよくなったように見える。


『小夜の花飾りよ。ちりめんを使って、椿の花を作っているの。ひとつはもう出来たわ』

『私の?』

『ええ、元気になったらお父様も一緒にみんなでおでかけしましょう?これは、そのときにつける用の花飾り』

『楽しみ。そのときは、おいしいものたくさん食べたいな』


少女の言葉に母は頭を撫でてやり、『そうね』と呟いた。その横顔は、どこか憂いを帯びていて物悲しそうに見えた。部屋から望む中庭に咲く桜の花びらは、そんな母の胸中など素知らぬふりで、美しく、はらはらと風に揺られて舞い散っていた。


『……元気になったら必ず家族でおでかけしましょう?そのときは、小夜が食べたいもの何でも食べさせてあげるわ』

『本当?』

『ええ、約束よ』


少女は差し出された小指を見て、ふわりと花のような笑みを見せ、そっとその指に自分の指を絡ませた。


『じゃあ私は──』


病に侵されながらも、母が側にいてくれる。そんな些細な日常に、少女は幸せを感じていた。けれど──。


『苦しい……ッ!苦しい……ッ!』


強く締め付けられたように痛む胸。痛みから逃れようとも、それは果てなく続き、少女の体を蝕んだ。


お父さまやお母さまと、もっと楽しいことをして遊びたかった。

まだまだ、やりたいことはたくさんあったのに。


そんな後悔ばかりが少女の心を支配して、重い鎖が体中に巻きついたかのように、彼女をいまなお苦しめていた──。

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