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舞い散る桜の下にいる着物姿の男は、「はあ……」とため息をついて何かを憂いているようだった。


恐ろしく整った美しい横顔に、どきりとする。こんな綺麗な人を見るのは初めてだ。


横目でそんな男を観察していたけれど、相手は私が《《見えている》》ことにまだ気づいていないようだった。


ここは、ひとまず目を合わせずに立ち去ろう……。


そう思っていたのだが──。


「おや、何だかいい匂いが……」


ピクリと体を震わせた男がそう呟いて、パッと顔を上げる。そして、そのまま男の目と私の目がばちり。あ、やばい、と思ったものの、すべては後の祭りであった。


「あ、貴女……私のことが見えるのですか」


美しい翡翠色の瞳を見開き驚いた様子の男に、私はとっさに桜の木を見上げて視線を彷徨わせる。


「さ、桜が本当に綺麗ね~」


我ながら下手くそな演技に内心絶望していると、相手も同じように思ったのか、「下手くそですか」と鋭いツッコミを入れられた。


ああ、どうしよう。


彼らのような存在とは関わらないよう気を付けていたのに。温泉旅行という非日常の浮かれた気分が、私の気を緩めてしまったのかもしれない……。とはいえ、こうなったら、ここで取れる手段はただひとつ。


もう知らんぷりを突き通す!


ということで私はそのまま見えないフリを続け、来た道を戻ろうと階段を目指そうとしたのだけれど──。


「……この私を無下にするとは、たいした度胸をお持ちのようで」


気づけば男はにこりと麗しい微笑みを携えて、私の前に立ちはだかっていた。舞い散る桜の花びらを背に、笑顔を見せる着物姿の男は、それだけで絵になるように美しい……。が、今はそれとこれとは別である。


「……どいてくれない?私、あなたたちみたいなあやかしと慣れあう気はないの」


キッと睨みつけるようにそう告げると、男は顎に手をやりながら「おや」と笑みを深くした。

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