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意外にもおしゃべりが好きな氷雨さんの話に耳を傾けながら、たどり着いた先にあったのは厨房だった。あらかじめ厨房は料理用と、製菓用と2カ所に分かれているとは聞いていたけれど、料理長は一体どんな人なのだろう。


そう考えた瞬間、どきどきと胸の鼓動が速くなっていくのが分かる。


パティシエの仕事を辞めたはもう随分前なのに、あの頃の記憶は今もまだ、こんなにも私の心に残っているらしい。「では先に料理長に挨拶をしておきましょうか」と氷雨さんに言われ、胸の鼓動はさらに速くなった。


厨房に足を踏み入れると、そこは人間界とさほど変わらない造りの厨房。大きな冷蔵庫やオーブンらしきもの、調理用の机などが並び、料理人たちがいそいそと準備に取り掛かっている。


けれど、作業をするのは、みなひょっとこのような顔をしている料理人たちで、私は違う意味でギョッとした。口をすぼめた姿は一見同じような顔に見えるものの、よく見ると微妙に表情が違う。顔に巻いている手拭いの柄も違うので、そこで見分けられそうだけど……。


「出汁取りは終わったんか?!」

「その柚子は飾り切りにして椀ものに入れといて!」

「そのお造りにはこっちの皿や!」


その中でも一際目立っていたのが、赤の手拭いを巻いたひょっとこ。場を仕切っている彼が料理長だろうか。と、思っていると案の定そうだったらしく、氷雨さんが「とめ吉殿」と彼を呼ぶ。


「おお、若旦那様やないか」


とめ吉さんは布巾で手を拭きながらこちらに近寄ってきた。ひょっとこの顔以外は、いたって普通の人間みたい。


「あかね殿、こちらが縁の坊の料理長を務めるとめ吉殿です」


近くで見ると迫力のある顔面に後ずさりそうになりながらも、私は改めて挨拶した。


「初めまして、これからお菓子づくりの担当をします、藤宮あかねです。よろしくお願いします……っ!」


すると、とめ吉さんに下から上まで、まるでどんな人間かを見定めるようにじろりと見つめられ、私の肩に力が入る。

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