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「改めまして、今日からお世話になります、氷雨さん」
もろもろの手続きを終え荷物を運びこみ、住み込みであやかし旅館の「縁の坊」で働くことになった私は、雪男のあやかしである氷雨さんに挨拶をした。長い薄青色の髪は、今日もひとまとめにしていて、紅葉色の組紐で結ばれていた。
「こちらこそ。慣れるまでは、いろいろと大変かと思いますが、我々もしっかりフォローしますので何かあれば、俺や美鶴殿にご相談くだされば」
「わかりました」
「様」づけで呼ばれるのを嫌う彼に「さん付けはなしで」と念押しされたので、これからは「氷雨さん」と呼ぶことになったのはついさっきのこと。どうやら当面の間は、若旦那の氷雨さんや、先日館内案内をしてくれた美鶴さんが私の教育係的な立ち位置で、いろいろと面倒を見てくれることになったそう。
ちなみに、私のマンションに押しかけて、まだかまだかと急かしてきたこの旅館の大旦那である時景様は、あれで結構多忙な人のようで、今は幽世の会議に出席しに行っているとのことだった。
会議があるところも現世らしい感じがして、案外社会の仕組み的なものはどちらの世界もそう変わりないのかもしれない、と思う。
「それにしても、あかね殿は着付けができたんですね」
私がそんなことを考えていると、氷雨さんは腕組みをして顎に手を当てながら感心した様子でそう言った。私が今着ているのは、紅色の着物に濃紺の帯と旅館の仲居さん仕様の着物だった。長い髪はひとまとめにして、お団子にしている。
「昔、おばあちゃんから教えてもらってたので。こんなところで、そのときの教えが役立つとは思わなかったですけど」
すると、氷雨さんは私の目をじっと見つめながら「着物姿も綺麗ですね。よくお似合いです」と、さらりと褒めてくるので顔に熱が集中する。




