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「時景様、いいのですか。……あの娘に、《《あのこと》》を伝えなくて」
辺りはすっかり暗くなり、部屋の中を照らすのは月明かりだけという、月が綺麗な夜。時景様に誘われ、彼の自室で月見酒をしていた俺は、ふと気になったことを尋ねてみた。
「……氷雨も気になりますか」
時景様は手にしたお猪口を眺めながら笑みを浮かべ、ぽつりと小さく呟いた。金糸のような髪がさらりと流れ、それを耳にかけながら、時景様はぐいと酒を煽る。俺は空になった彼のお猪口にまた酒を注いでやり、「そりゃあ気になりますよ」と返す。
藤宮あかねという人間の娘をうちの菓子職人として雇うと言った時景様にも驚いたが、さらに皆を驚かせたのは、彼女を《《あの離れ》》に住まわせると言ったことだった。
庭の端にぽつりと立ったその古民家には、みなが近寄りたがらない理由があったからだ。
「あの離れって……出るんでしょう。幽霊が」
ずいと近づいて真面目な顔で時景様に尋ねてみれば、ハハッと楽しげに笑われる。「氷雨はあやかしなのに幽霊が怖いのですか」だなんて言っているけれど、実際あの場所で、変な声を聞いたという従業員は多く、みな気味悪がってあそこに近寄ろうとしない。という経緯があり、あの離れは長年誰にも使われていなかったのだ。
「怖いですよ、そりゃ。生者のあやかしとは違って、幽霊は死者の存在ですし。特に、害のある気配は感じませんが、『正体が分からない』というのは気味が悪いでしょう」
俺の言葉に時景様は、にこやかな笑みを浮かべたまま「まあ、確かにそうかもしれませんね」と静かに返す。月明りに照らされた時景様の横顔は、どこか憂いを帯びているようだった。
「……条件だったんです。彼女を、この縁の坊で働かせるための」
ぽつりと呟いた時景様の言葉に「条件?」と首を傾げる。




