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氷雨様は腕を組み、顎に手をやりながら「ああ、それと」と思い出したように説明を続けた。


「押し入れに新しい布団を入れておきましたから、寝るときはそちらを。一応ここにも浴室は備わっていますが、従業員の社員寮になっている別館の大浴場も使えます。温泉に浸かりたいときは、そちらを使っていただいても構いませんよ」


私が「温泉なんて贅沢ですね」と返すと、「従業員特権はフル活用しなければ損ですから、私は毎日入っています」と、氷雨様からなんとも堅実な答えが返ってきて笑う。時景様はそんな氷雨様をくすりと笑いながら、私に向き直った。


「今日は突然でしたが、改めて荷物をまとめたらここへ来たら、あかねに縁の坊の菓子職人としての仕事を任せましょう」


その言葉に改めてすっと背筋が伸びるようだった。私はこれから、この旅館でお客様にお出しするスイーツを作るのだ。


人間である私が、彼らあやかしたちと上手くやっていけるのか。

お客様を満足させられるスイーツを、夢を途中で投げ出した半端者の私が作ることができるのか。


不安しかない。でも──。


「……大丈夫ですよ。この旅館で大旦那を務める私が、貴女の作る菓子に惚れ込んだのですから」


そう言って美しく微笑む時景様の言葉に勇気づけられる。私の不安な心も何もかもを見透かしたような目で見つめられ、ふと頬を緩めた。そこまで言ってもらったのだから、時景様の期待に応えたい。そう思う自分がいた。


「はい、これからよろしくお願いします」


それから1週間後、準備はまだかと何度もワンルームマンションに押しかけてくる金狐のあやかしに急かされ、私はもろもろの手続きを超高速で済ませて、また「縁の坊」へと舞い戻ることとなるのだった。

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