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「ここ『縁の坊』は、有馬温泉街にある宿と同じように、金泉と銀泉の源泉を引いておりまして、どちらの湯も楽しめる温泉旅館となっています」
館内を歩きながら美鶴さんは、丁寧に私に各部屋を案内してくれた。ちなみに、先ほどの自己紹介で彼女は鶴のあやかしだと判明。だから髪が白に黒のメッシュ、目尻に紅を引いているんだと納得する。
「本館は5階建てで、1階がお客様をお出迎えする広間と大浴場、従業員の休憩室、大旦那様の執務室などがあり、2階にお食事処やお酒がいただける酒場、3階から5階までが客室、あちらは住み込みで働くあやかしたちの社員寮となっています」
入口から見たときは、本館しか目に入らなかったけれど、敷地の奥にある広い庭には別館と、離れが数軒点在していた。
「そういえば『縁の坊』っていう名前には、何かの由来があるんですか?」
私の質問に、美鶴さんは「ええ」とにこりと微笑んだ。
「あかねさんは、有馬温泉に『坊』と名の付く旅館が多いのはご存じですか?」
「言われてみれば、中の坊とか、御所坊とか多いですね。理由までは深く考えてなかったですけど……」
私の言葉に口元に手を当ててふふと上品に笑う美鶴さん。
「かつて有馬の地が荒れ果てていた頃、仁西という僧がこの地の復興に尽力し、12の宿坊を営んでいたようで。その恩を受けて有馬には『○○坊』と名をつけた宿が多いのだと聞いたことがあります。そこから我が旅館にも『坊』という名がつけられました」
「へぇ……そんな由来が」
「『縁の坊』の『縁』は、まさにその言葉そのもの。来てくださったお客様と私たち従業員、そして現世とのご縁を結ぶ場所でありたい。そんな思いを込めてつけられた名前なんですよ」
その言葉を聞いて、じんわりと胸に温かさが広がっていくような気がした。まさしく、私もその『ご縁』とやらのおかげで、今ここにいる。
「……美鶴さんは、人間の私がここで働くことを、どう思ってらっしゃいますか」




