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「「「おかえりなさいませ、大旦那様」」」
旅館の入り口に足を踏み入れると、ずらりと並んだ従業員たちが勢揃いで時景様をお出迎えした。床には赤絨毯が敷いてあり、ロビーの奥には趣深い中庭が見える。歴史を感じるレトロな外観と同様、中もなかなか高級感がある旅館だった。
従業員の一部は獣耳が頭についていて見るからにあやかしに見えるけれど、そうでない従業員もいる。もしかして、人間の従業員もいる……?そう思ったけれど──。
「ちょっと、時景様!その人間はなんなんですか!」
「うちはあやかし専用の旅館ですよ!」
左右からビシバシ飛んできた言葉や、敵意を感じる眼差しに、どうやら人間の従業員は私だけなのだと理解した。一瞬その勢いにびくりとなるも、隣にいた時景様がパンパンと手を叩くと、静まりかえる従業員たち。
「彼女は藤宮あかねという人の子です。これから彼女に、お客様にお出しする菓子作りを任せようと思っています。氷雨、あの離れを彼女の住まいにするので、中の設備の点検をお願いします」
時景様がそう言うと、一瞬場の空気がピリッとしたのを肌で感じた。
「離れって……あの離れか?」
と、聞こえてきた声に首を傾げる私。けれど、「氷雨」と呼ばれたあやかしが「御意」と胸に手を当て頭を下げると、ざわめきは収まった。
「氷雨」と呼ばれた彼は、名前の通り氷を思わせるような男だった。薄青色の長い髪、髪と同じ色をした切れ長の瞳。少年にも青年にも見える、年齢不詳の男といった感じのあやかしだ。
「それから美鶴は館内の案内を頼みます」
「承知しましたわ、大旦那様」
「美鶴」と呼ばれたあやかしは、胸ほどある長いを緩く三つ編みにした白髪に、ところどころ黒髪が混じっている。瞳は垂れ目がちで、おっとりとした雰囲気の女の人だった。やさしげな雰囲気で、大和撫子という言葉がぴったりに思える。
「さあ。それ以外の者は、みな通常営業に戻るように」
さすがはこの宿を仕切る大旦那様、といったところか。時景様がテキパキと従業員たちに指示を飛ばすと、人間の私の存在など忘れられたかのように、皆わかりましたと返事を返して持ち場へと戻っていき、ひとまずほっと息をつく。
「では、あかねさん。まずは私が館内をご案内しますね」
そう言われて隣を見れば、にこやかに微笑む美鶴さん。マイナスイオンが出ていそうな癒し系ともいうべき彼女の笑顔に、私は頬を緩め、「お願いします」と案内を頼むことにした。




