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◇◇◇
「え、ここが時景様が経営してるっていう『縁の坊』ですか……?」
それから早速、職場を案内してくれるという時景様とともに宿を目指した私は、目の前の建物を見て頬を引きつらせた。有馬温泉の中心街からやや離れた山道の途中、彼が立ち止まったのが、蔦に覆われ随分と寂れた古い神社だったからだ。
おそらく元は鮮やかな朱色だったであろう鳥居も、いまでは色が剥げている。その奥には木々に囲まれた本殿らしきものもあるけれど、あれが旅館……? これでは料理うんぬんの前に客なんて来ないだろう。
そう思って胡乱な目で時景様を見てみると、くすりとおかしそうに笑われる。
「……何なんですか」
「いえ、思った通りの反応をしてくれるなと思いまして」
「だって、この神社めちゃくちゃ古すぎません? 幽霊とか出そうなんですけど……」
私がそう返せば、時景様はふと笑みを深めて、私に腕を差し出してきた。首を傾げて、それをじっと見つめていると「手を」と促される。
どういうことだろう、と思いながらも、言われた通りにそっと腕に手を添えると、私をエスコートするみたいに鳥居の方へと連れていく時景様。
そして、鳥居の前に立った途端、時景様は私の手をギュッと握りしめた。
「ちょ、いきなり、何……っ?!」
突然のことに顔を赤らめる私をよそに、美麗なこのあやかしは、美しく微笑んだ。金糸のような艶のある時景様の髪が、さらりと肩を流れ、二人の距離がぐっと縮まる。
「……この鳥居を通る間、決して私の手を離さぬように」
そう注意をしたのち、時景様は鳥居の方へと足を踏み出し、つられるように私も鳥居へと近づいた。が、その向こうに見える景色は何も変わらない。大丈夫かなと不審に思いつつ、鳥居をくぐり抜ける。その瞬間、目の前に広がった光景に、私は息を呑んで動けなくなってしまった。
「ようこそ、お客人。我があやかし旅館、縁の坊へ」
赤い欄干の先にある5階建ての和風建築。軒先には赤提灯が連なり、玄関には立派な木の板に「縁の坊」と書かれた看板がある。先ほどまで見えていた本殿はどこにもなく、私はまるで別世界に迷い込んだようだった。




