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翌朝、朝早くに目が覚めた私は、浴衣を着替えて散歩にでかけることにした。昨日湯泉神社で、もらいそこねた御朱印も欲しかったし、少し歩いて考えごとをしたい気分だったから。


有馬温泉街の中心ともいえる湯本坂には、風情ある古い建物が立ち並び、温泉まんじゅうや佃煮、コロッケ、有馬温泉名物の炭酸せんべいを売る店などが軒を連ねている。


けれど朝の早い時間はまだ営業時間前で、辺りはとても静か。時折出会う観光客らしき人たちに挨拶をしながら、私は一人ゆっくりと散歩を楽しんだ。それから、今日の朝食は何なんだろう、だなんて考えながら、神社へ続く階段を上がっていくと──。


「きっと来るだろうと思っていましたよ、あかね」


昨日私の部屋に無断侵入してきた金狐のあやかしが、にこりと麗しい笑みを携え、私を出迎えた。しばらくフリーズしてしまった私だけれど、すぐに回れ右をして階段の方へ向かう。無言のまま帰ろうとする私に焦ったのか、時景様は「ちょっと待ってください!」と叫んで引き留めてくる。そして、くるりと振り返ろうとした私の手がぐいと引かれたかと思うと、翡翠色の瞳とすぐ近くで目が合った。


「逃がしませんよ、あかね」


着物からふわりと香るのは、確か白檀の香りか。昨日、温泉街で見つけたお香専門店で試香した香りとよく似た、上品な香りがする。


「に、逃がさないぞって言われても──」


とっさに逃げ出そうと一歩後ろに下がったのだが、たおやかそうな見た目とは裏腹な力強い男の手によって、私の逃亡は失敗に終わる。そのままぐいと腕を引かれると、吐息すら聞こえてしまいそうなほど縮まった距離に、どきりと胸が音を立てた。


「……残念ですが、私はこれまで手に入れたいと思ったものを逃したことはありません。たとえ貴女が逃げようとも、地の果てまで追いかけて捕まえます」


するりと私の頬に手を伸ばして、甘やかな視線を向けてくる男の発言に悪寒が走る。逃がすものか、と訴えかける翡翠色の瞳に捉えられたが最後、身動きがまるで取れなくなった。


「さあ、あかね。さっさと諦めて私の手を取りなさい」

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