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終章

紫陽花がほころびはじめ、日差しに夏の気配がまじる六月初め。日中は汗ばむような陽気が続き、旅館にもどこかそわそわとした活気が満ちていた。


紅色の着物に濃紺の前かけ、薄桃色のたすき姿と、もうすっかり着慣れた着物に身を包んだ私は、慌ただしく旅館内を駆け回っていた。


「あかねちゃん、その作業がひと段落着いたら、スイーツブュッフェの団体様がお見えになるから玄関までお出迎え、ご挨拶にちょっと来てくれる?」

「はーい、ただいま!」


ブュッフェ会場の入り口から美鶴さんに呼ばれた私は、一通りの準備を終えたあと、美鶴さんの後を追った。


おかげさまで新しく料理に加わることとなった私のデザートプレートはお客様からも好評で、今月から日帰り客向けのスイーツブュッフェも始まった。内容は月替わりだと伝えれば、来月も来るとおっしゃってくれるお客様も多く、早くも幽世ではいいクチコミが広がっているらしい。


再来月のメニュー開発も、縁の坊で働く料理人全員で取り組んでいるところ。毎日くたくたになるくらい忙しい日々を送っているけれど、気持ちは晴れやかで楽しく仕事ができている。


「あかね。こちらです」


従業員がずらりと並ぶ中、私を呼ぶ時景様の隣に立ち、着物の裾を整える。それから顔を上げれば、対面には氷雨さんや弥生、美鶴さんの姿。これからお客様を迎えるため、みんな背筋を伸ばして扉が開くのを待つ。ちらと先頭にいる時景様の方を向けば、にこりと返ってくる微笑みに、私も小さく頷いた。


さあ、私のパティシエ人生は始まったばかり。これから先、どんな出会いが待っているのか、楽しみで仕方がない。扉が開き、お客様の気配がした。私は深く一礼し、明るく声をかける。


「本日はようこそ、縁の坊へ」と、ありったけの笑顔を込めて──。




神戸有馬のあやかし宿で、パティシエ始めました【完】

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