沈めたモノたち
海が好きだ。
ただ、私は海に来たとはいえ泳ぐわけではない。
そもそも泳げるわけでもないし、私は海に行けば貝を拾うような大人しい性格だ。当たり前に日焼けも嫌いだ。
だけど、毅が波に乗って自由自在に波を操る姿を見るのが私は好きなのだ。
キラキラした毅が海に入ると海が全てのスポットライトを浴びたステージの様に輝くのだ。
あまりにもキラキラしているから夏の海にこんな表現は変だけど、太陽に照らされて波を乗りこなす毅の姿は、遠く離れた砂浜から見る私からはすごく儚く、まだ誰も知らない遥か彼方先の星を私だけが観測している様な感覚になるのだ。
毅が好きだ。
「杏奈!」
しばらく毅を眺めた後、日陰でぼんやりとしていたら聞き慣れた元気な声がした。
一通り波乗りを終えてサーフボードを待った毅が私の方に向かって走ってきた。
肩に付くくらい伸びた髪をかきあげながら、かわいい笑顔で私に手を振っていた。
私も立ち上がって毅の方へ駆け寄った。
「毅!」
毅に抱きつこうとしたその時。
私の身体は毅の身体を通り抜けた。
勢いよく抱きついたつもりだったのでバランスを崩しそうになりながらも私は驚いて、通り抜ぬけた毅の方を振り向いた。
毅は全く驚かず、私がさっきまで居た方を向いたまま振り返らずに立っていた。
そんなはずない。
もう一度毅に触れようとしたが、私が毅に触れる事は出来なかった。
毅の顔を見るともう先程の可愛い笑顔はしていなかった。
「ありがとう」
それだけ言って毅は苦しそうな作り笑顔をしたまま消えてしまった。
「朝か…」
久しぶりに毅の事を思いだした。
もう6年も前のことだと言うのに、こんなにも鮮明な夢を人間は見れるのかと少し感心しながら夢の余韻に浸っていた。
いや、突然の再会に私は戸惑っていた。
何年も経った今、私は毅がどうしてるかも知らない。生きているのかさえ分からない。
なぜならあの日々は私の長い夢だったのかもしれないと思う様に生きていたからだ。
私はあの日々全てに蓋をしたのだ。
もう二度と開かない様に鍵を掛けて、海の奥底に沈めた筈なのに。
今更発掘されても中身はボロボロで誰にも分からないように何度も深く沈めた筈なのに。
胸がズキっと痛んだ。
その瞬間6年間蓋をしていた感情や思い出が溢れた。
溢れた全てが瞬間移動して私の目の前に6年前と変わらない姿でそこに現れた。
だから私は書くことにした。
心から愛していた貴方の事を。
.