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第9話:一日の終わり

 窓が暗くなり、カーラーンの家に照明が灯りだした頃、ドアが開きリアが現れた。

 

「お帰り、リア。ご飯はどうする?」

 

 客にコーヒーの配膳を終えたジュリーが気づきリアへ近づき尋ねると、鋭いアイスブルーの瞳が集中して皿を洗っている小さな背中へと向けられた。

 

「レイは食ったのか?」

 

「まだよ」

 

「じゃあ、スープとパン。それからチキンソテー。レイにも同じモンで頼む」

 

「いつもみたいに、テイクアウトじゃないの?」

 

「暖かいモンの方がいいだろ」

 

「ふーん」

 

 リアの答えに、ニマニマと楽しそうにジュリーの瞳が笑みの形を作っている。にまける笑みに、リアが黙ってジュリーを見つめると、逞しい腕が伸び、子どもにするように頭を撫でた。

 

「ちゃんと気遣いできてて、偉いわね」

 

「この年になって、アンタにどやされたくねぇだけだよ」

 

「そういう事にしてあげる。レーイ!! こっちにおいで!」

 

 ジュリーに呼ばれ、食器を洗っていたレイの腕が止まり、顔が上げられた。自分の姿に気づいたのか、表情がみるみると嬉しげに輝き初めた表情に、ジュリーはくすくすと顎を撫でながら隣のリアの脇を小突いた。

 

「あらあら、懐かれていてかぁわいい。そう思わない? リア」

 

「……」

 

 ジュリーの言葉に、リアは黙って空いた席に座った。二人の元まで近づいたレイの頭を優しく撫でると、リアの隣の椅子を静かに引いた。

 

「一日お疲れ様、お夕飯食べたら、今日はリアと一緒に帰りなさいな」

 

「でもお客様が、まだたくさんいます」

 

「段々このくらいからになると、レイにはちょっと刺激の強ぉい話で盛り上がるお客様が多いからね。夜まで粘ってもらうのは、貴方がリアくらいに大きくなってからお願いするわ」

 

 ジュリーの言葉にレイは瞳をリアへと向けて、その体躯をしっかりと眺めた。暫く考え込んだ後、レイは申し訳なさそうに肩を竦ませながらも顔を上げた。

 

「僕、その。リアさんまで大きくなれる気、しないんですが」 

 

「うふふ、貴方はまだまだ成長期ですもの、これから大きくなるわよぉ。それに、リアはウチのご飯を食べて大きくなったんだもの。大きくなるのは保証するわ」

 

「そうなんですか?」

 

 興味深そうに問い尋ねると、リアの顔がうんざりとしたものに変じてゆく。テキパキとリアからのオーダーを作りながら、ジュリーは少し跳ねたリアの黒髪を見つめて懐かしそうに呟いた。

 

「ええ、今のレイみたいに小さくて痩せっぱちだったけど、今はこう。図体と腕っぷしだけ逞しくなっちゃって」 

 

「小さかったリアさんかあ……想像できない」

 

「小さなガキが見たけりゃ鏡見れば良いだろ」

 

 ぶすりと潰れた仏頂面と、照明で照らされた耳がすこしだけ赤く変じている様は、まるでリアが恥ずかしがっているように思えて、少しだけ可愛い。我慢しようと思いながらも、堪えきれずにレイはついクスリと吹き出した。詩や小説などの創作や、雑多な四方山話が奏でる喧騒の中でも、リアの耳は聞き取ったのか、アイスブルーの瞳を尖らせレイを睨むが、威圧感よりも照れ隠しのように思えて余計に笑いがこみ上がる。

 

「ご、ごめんなさい。笑うの、止められない」

 

「仏頂面よりはよっぽどマシよぉ。ね? リ・ア」

 

 むくれっ面のまま、笑みを浮かべる二人から顔を逸らしているリアと、口を手で抑えて静かに笑い続けるレイの前に、ジュリーは注文したプレートを置いた。

 

「はい、冷めないうちに召し上がれ」

 

「ありがとうございます。ジュリーさん」

 

「お礼はリアにも言ったげて。貴方の成長を考えて、暖かいご飯をオーダーしたんだから」

 

 ジュリーの言葉にレイが驚いた表情でリアの方向を向くと、こちらの様子を確かめるように、薄水色の瞳が向けられる。

 

「リアさん、ありがとうございます」 

 

「礼はいいからさっさと喰え。冷めたら意味がねぇだろ」

 

 荒々しい口調や、不機嫌そうに歪んでいる眉も。彼の中の優しさを隠すためのヴェールだと思うと、どこか安心できる。小さく祈りを捧げた後、レイは笑顔をリアへと向けた。 

 

「はい」

 

 こんがりとした焼け目を見せるチキンソテーにナイフを入れ、静々とした仕草で口を運ぶ。筋を切って叩いた為、柔らかくなった肉の柔らかさと皮の香ばしさをゆるやかに堪能していると、隣のリアは勢いよくナイフを入れている。ガブリと大きく口を開き、勢いよく齧り付く。噛んだ肉から汁が溢れ、唇をテラテラと光らせながら口の中のものを咀嚼し飲み込み、今度はパンを手で千切らずにそのまま齧る。

 

 荒々しく食事を頬張る様子は、優雅さは無いのに雄々しくて目が離せない。『男』の振舞いとは、こういうものを言うのだろうか。マジマジとレイがリアの食事風景を見つめていると、視線に気づいたリアが此方へと視線を向けた。

 

 自分を見つめるアイスブルーの輝きは、色合いは冷たいのに暖かい。ウェイトリーの家に居る時は、こんな風に穏やかに誰かに見つめられる日がまた来るだなんて、思いもしなかった。

 自分には、果たすべき勤めがある。その事だけを考えて、生きると決めた。けれど今だけは。

 締め付けられている胸の中が、暖かく柔らかなものでゆっくりと満たされる感触に溺れていたい。

 リアの真似するように、レイは大きく口を開けてチキンソテーに齧り付いた。

 

「あつっ……」

 

 唇がベタベタになり、熱い肉汁で口の中を焼きピリピリと痛む。冷たいものを探そうと周囲を見回していると、リアが水の入った碗を差し出した。

 

「慌てて食うからだよ。逃げやしねぇからゆっくり喰え」

 

「はい」

 

 小馬鹿にしつつもリアの表情は柔らかに緩んでいる。笑いかけられる事が、まるで奇跡のように貴いもののように思え、返事をするリアの表情もまた緩んだ。

 

 ******

 

 家へと帰る途中、リアの視線が自分の方へとチラチラと向いている事に気づいて、顔を見上げた。自分が見上げている事に気づくと、リアの瞳が一瞬逸らされたが、また再びこちらへと向かれる。

 

「カーラーンはどうだ?」

 

 視線を向けては逸らしを暫く繰り返し続けていたリアが、ポツリと小さく問いかけた。足を進めながらも急かす事なく静かに自分の言葉を待つリアに、レイは暫く考えた後一つの答えが思いつく。

 

「リアさん、言っても笑わないですか?」

 

「努力はする」 

 

「……恋、しているみたいで――楽しいです」

 

「恋?」

 

 レイの言葉に、リアは聞き返して立ち止まった。答えの意味を説明しようとレイもまた立ち止まり、モジモジと手を組みながら、視線を彷徨わせて言葉を探し始めた。 

 

「どうなるのかなって不安になる事もあるけど……ドキドキしたり、嬉しかったり、沢山の気持ちが、カーラーンにはあるから」

 

「それがお前にとっての恋って奴か?」

 

「した事は無いけど物語を読んでたら、恋ってそうなのかなって思って」 

 

「へぇ」 

 

「やっぱり、変だと思いますか?」 

 

「良い答えだと思うぜ」

 

 撫でてくれる手が心地よく、自分の心を受け入れてくれるようで、ジンワリと目頭が熱くなり、泣きそうになってしまう。きっと泣くのは『男』らしくないと思い、ゴシゴシと目を擦った後、レイはリアの顔を見上げた。

 

「リアさんにとっての、恋ってどんなの何ですか?」

 

「教えねぇ」

 

「僕は言ったのに」 

 

 むくれるリアに対して小さく笑うとリアは再び歩きだし、また後を追った。

お読みいただきありがとうございます。

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