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第3話:隠遁者の変身

 控室の鏡台の前にレイを座らせると、ジュリーはハラリとケープを被せた。


「まずは髪を整えなきゃね、何かリクエストはある?」


「えっと、そ、その。ジュリーさんにお任せします」


「そうねぇ……ミディくらいにしましょうか。多分、貴方髪を伸ばしてたんでしょ? また伸ばせば色々と楽しみも増えるもの」


「は、はい」


 レイの同意を得ると、ジュリーは器用にハサミを動かしながら、髪を整え初めた。


「ウェイトリー公爵のお屋敷で働いてたなら、貴方も随分苦労したでしょう? 公爵夫人のマグノリア様が身罷られて、後妻が入り込んでからあそこ、良い噂聞かないんだもの」

 

 ジュリーの言葉にレイの視線がウロウロと彷徨い、段々と伏せられる。補足華奢な体で、声もまだ変わっていない。おそらく、マグノリアが存命の頃の屋敷を知らないのだろう。このまま黙って髪を切るのも、退屈だろう。手の動きを止めないまま、ジュリーは楽しげに目を細めた。


「マグノリア様はね、とてもお綺麗で素晴らしいお方だったのよ。定期的に孤児院や病院に訪れてご寄付をなさったり、慈善活動にも熱心でね。身寄りの無い子をお屋敷で雇っていたりもしてたの。一度教会でマグノリア様が主催された感謝祭に出店した時お姿を見たんだけどね、アタシ達と同じ一般席で、御息女と一緒に歌劇を楽しんでおられた姿は忘れらないわ」


「……マグノリア様は、慕われていたんですね」


「身罷られてから、もう15年も経っているからねえ。今の統治に嫌気が差して、公爵領を飛び出す人も少なくないもの。今こうして覚えてるのは、アタシみたいな古巣者くらい」


「ジュリーさんは、なんで飛び出さなかったですか?」


 レイの問いかけに、髪を切っていたジュリーの手が一瞬止まる。だが、すぐに笑みを浮かばせ髪を切りそろえながら懐かしげな視線を鏡面で目を伏せているレイへと向けた。


「此処がタヴァンだった時から、ずうっと付き合ってきてるからねえ」


「タヴァン?」


「酒や軽食なんかを出す所のコト。今はパブとかって言う方が主流だけど、タヴァンって言う方が響きが良いって前の店主が言ってたから、アタシもそう言うようになったのさ」


「此処のお店の名前も『カーラーン』ですし、前の店主の方は異国的なモノがお好きだったんですね」


「そうよ! すっごくセンスも良くて淹れるコーヒーも美味しくて。アタシの格好だって、よく似合ってるっていって看板娘として雇ってくれたり、誕生日なんかにはドレスを送ってくれたりなんかもあってーー本当、イイ男だったのよ」


 自分の髪を切るジュリーの顔は、懐かしさや愛おしさが織り交ぜられた表情だった。屈強な体格や立派な顎はジュリーが男であるコトの証だ。だが、前の店主を思い出す時のジュリーは、まるで恋する乙女のような切なさを呼び起こさせる。


「素敵な人の、素敵な場所だから……なんですね」


「そ、貴方にとっても此処も、そういう場所になってくれればって思うわ」


 ケープを外し切った髪をブラシで払うと、肩までの長さで綺麗に整われている。ゆっくりと自分の髪に触れ、鏡の自分がはにかむ様子をレイは暫く見つめていたが、ジュリーの方へと顔を向けた。


「ありがとうございます。ジュリーさん。この髪型、僕……好きです」


「良かった。此処はアタシが片付けるから、奥の衣装部屋で着替えておいで」


「は、はい」


 小さくお礼を再び告げると、レイはジュリーが示した部屋のドアを開き、静かに閉めて鍵をかけた。衣装部屋にはジュリーのドレスが大部分を閉めていたが、簡素な棚の中に白いシャツとズボンを見つけた。

 サイズを確かめれば、今の自分には少し大きい。だが、屋敷から逃げ出す時に盗んだ服に比べれば、ずっと良い。レイは周囲を見回し、シャツのボタンを外すとそこには慎ましい膨らみをサラシで潰した胴体と、チェーンで首に下げられている指輪が現れる。


「ふう……」 


 一人になると、レイは深々としたため息を吐いた。彼らの優しさに、感謝をしている。だからこそ、こうして本来の名前と性を偽っていることに罪悪感が募る。


(でも、この姿でいないと…『私』の事を見つけられてしまう)


 着替え終わり窓に写った自分の姿は、街にどこにでも居る、線の細い少年に見えるだろう。変わった自分の格好を確認し、少し安心すると、ジュリーの言葉を思い出した。


(これ……リアさんのお古、だ)


 頭を思い切り上げないと顔がよく見えない程に高い背。岩みたいにがっしりとしている体。周囲を威圧するような鋭い眼差しと精悍な顔は整っているだけにすごく鋭くて怖いのに。自分に向けるアイスブルーの瞳が向ける光は、家族よりもずっと、もっと柔らかくて温かい。


(初対面なのに……あの人にくっつくと、なんだか、安心できたなぁ)


 それに、心配そうな自分を送り出す時にフイと挙げられた手だとか。懐かしく遠い目をしながら口笛を吹く姿だとか。ジュリーに叱られている時の不貞腐れたような表情だとか。そうした所で見せる柔らかな反応を思い出す度に、今まで感じた事のないリズムで胸が鼓動を打ち始める。


「っ……ダメダメ!!」


 これから自分は『レイ』として、『男』として生きるのだ。こんな風に、ときめきを味わうなんてコトをしていたら、すぐに自分の本来の性が明らかになってしまう。


「『僕』は『レイ』。男の子」


 窓ガラスに写った自分へと視線を向け、何度もつぶやき言い聞かせていると、控えめなノック音がした。

「レーイー、大丈夫? リアのお古が見つからない?」


「だ、大丈夫です!! 着替えも終わりましたから、すぐ開けます!!」


 ジョリーの言葉にレイはドアを閉めていた鍵を開けた。 

お読みいただきありがとうございます。

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