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第2話:コーヒーハウス・カーラーン

 歩き慣れた薄暗い路地を歩き、狼の絵が描かれた看板を掲げた店のドアを開いた。リュートやバイオリンの音色とカードゲームの狂騒に驚いたのか、自分の後ろに居たレイが腕にしがみつく。


「あら、リアじゃない。可愛いお連れと一緒にどうしたの」


 屈強な肉体を包むフリルのきついドレスと低い声。長い栗色の髪を編み上げた髪の男が人混みをかき分け自分たちの方へ近づくと、自分にしがみつくレイの力が益々強いものになる。顔を強張らせ、黙ったままプルプルと小刻みに震えるレイの様子が可笑しくて、片頬を上げながらリアは男へと顔を向けると小さく片手を上げた。


「マダム、お探しの看板娘は見つかったかい?」

「失礼ね、目の前に看板娘はいるじゃないの。それにアタシが探しているのはスタッフよ」

 リアの言葉に男は腰を手に当て、わざとらしく目を吊り上げる。コミカルで砕けた男の雰囲気に、しがみついていたレイの腕の力が段々と弱まった。レイの警戒が解かれつつある事に男も気づいたのか、小さく片目を閉じてレイへと男は笑みを向けた。


「いらっしゃい、坊や。アタシはジュリー。このコーヒーハウス『カーラーン』の店主よ」


「ジュリー?」


「そ、素敵な名前でしょ?」


「は、はい」


「ありがと。ねえ、坊やのお名前は?」


「えっと……レイ、です」


「レイね。貴方も素敵な名前。リアに連れられてどうしたの? ウチにコーヒーでも飲みに来た?」 


「マダム、有り難い申し出だがそいつはまたの機会にさせてくれ。要件は、コイツだ」


 リアに視線を向けられ、レイの肩がピクリと揺れた。萎縮しきったレイの様子を見ると、ジュリーの手が伸び、金色の髪にそっと触れた。


「綺麗な金の髪なのに、こんなに雑に切られて可哀想にーー誰かにやられたの?」


「……」


 ジュリーの問いかけに、レイは視線を落として緩んでいたリアの腕へ縋る腕の力を強めた。


「言いたくないなら良いわ。ワケありって事はわかったからーーウチで面倒を見て欲しいって事ね」


「話が早くて助かるよ、マダムジュリー。よろしく頼む」


「あ……」

 スルリとレイに掴まれていた腕をすり抜けさせ、カーラーンから出ようとしたがそれよりも一歩早く、ジュリーがリアの腕を掴んだ。


「ちょっとお待ち」


「マダム、俺の用は済んだんだが」


「アンタねえ。そりゃレイがウチで働く分には構わないわよ? でもアンタ、仮にも『忠義の騎士』と同じ名前をしてるんだから、一度助けたなら中途半端はやめて、この子のこと最後まできちんと面倒見なさいよ。折角のステキな名前が泣くわよ?」


 ジュリーの指摘に、リアの眉が大仰に歪む。大昔、姫への思いを胸に秘め、猛獣や敵国に果敢に立ち向かい、命尽きる瞬間まで姫を守り続けたと言う忠義の騎士『リア』。その勇敢さと姫とのロマンスは、今でも歌劇や小説のモチーフとして使われている。


いくらそんなご立派な人間と同じ『リア』と言う名前であろうが、鍛えた技術と恵まれた体。そして拳闘の賭け試合のファイターというゴロツキ同然の生活をしている人間に、騎士道を求めるなど酔狂にも程がある。周囲もそれを知っているのか、『忠義の騎士』と同じ名前を持つことを、わざわざ話題に持ち出すことはないーージュリーを除いては。


 今の背丈の半分程しか無い頃からの付き合いのジュリーに窘められては、リアとしては不承不承であるが従うしかない。ジュリーの方もそれを知っているのか、リアに言う事を聞かせる時、こうして忠義の騎士の名前を出しては諌める。それが自分たちの慣例だった。


「……リア」


 心細そうに名前を呼んだ後に腕に再び縋っても良いのか、レイの細い腕が中途半端に自分へと伸びて宙を彷徨う。レイの仕草にジュリーが益々労しそうな眼差しを向け、安心させるようにレイの手を掴んでしっかりと握った。 


「レイ、そんな心配そうな顔をしないで。リアが面倒見てくれるから。ね? リ・ア」


 ゴツい体格なりにチャーミングに見せようとしているのだろう。ジュリーからの仕草だけは可愛らしいウィンクを受け、げんなりとリアは額に手を置いた。


「……男一人で生活している家だ、住心地については文句言うんじゃねぇぞ」


「ーーっ……!! あ、ありがとうございます!! リアさん!!」


 ジワリと赤い瞳に涙を滲ませながら、深々とお辞儀するレイの姿に、頭を掻きながらリアは視線を背けた。

「その髪とブカブカの服じゃ居心地悪いでしょ? リアが昔着ていた服のお古があるから、それに着替えて髪も整えましょ。リア、その間お店をよろしくね〜」


「い、いえ。そんなそこまでしていただかなくても……リアさんにも、ご迷惑が……」


「平気平気、この子がこんな図体になるまでに、お店を手伝わせてたから慣れたものよ。さ、行くわよレイ」 


「は、はい」 


 ジュリーに背中を押され従業員室に向かうレイが、チラチラと戸惑いと心細さを込めた眼差しをリアに向けてくる。小さく片腕を上げ、此処で待っていると動きで伝えると、レイの表情がほっとしたものに変わった。

 

 

お読みいただきありがとうございます。

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