第6話 デートですか? いいえショッピングです!
「うわぁ、もう人がいっぱい……」
「まったく……。葵がのんびりしてるからでしょ」
ホールの中には、既に大勢の生徒が席に座っていた。キノッピーのせいとは言え、もたもたしていたのは事実だったので、その事には強く言い返すことができなかった。
「いや、キノッピーが変なこと言うから、口論になっちゃったんだよ」
「何よ、キノッピーって……。あっ、あの変態ゴキノコ?」
「変態ゴキノコとは失礼な!」
美咲の言葉に憤慨したキノッピーが再び姿を現わした。
「あっ、いたのね。変態ゴキノコ。……まぁ、葵がそうなってるんだし、当然と言えば当然か……」
「……?」
キノッピーを見た美咲が意味不明なことを言っていたので、思わず首を傾げてしまう。
「というか、さっきからキノッピーいたんだけど、何で気付いてなかったの?」
「ん? さっきは見えなかったわよ」
「そうだぞ、意識すれば人間に見えないようにすることはできるからな。勘が鋭い人間には効果が薄いのだが」
どうやら、僕と口論していた時にはキノッピーが見えていなかったようだ。何となく引っかかるところもあるが、席を見つけなければいけないので話を切り上げて席を探す。
幸運にも少し探したところで隣り合った席が2つ空いているのを見つけて、そこに美咲と座った。しばらく待っていると、教頭先生が登壇して開式の挨拶をする。
「これ、何の意味だあるんだろうね……」
「それを聞くのは野暮ってものよ……」
そんなやり取りになるのも当然であった。何しろ今日の次第は開式の挨拶と校長先生の話、そして校歌斉唱と閉式の挨拶だけである。そして、似たような内容が延々繰り返され1時間半にもおよんだ校長先生の話も終わり、校歌斉唱となった。
だが、第七の校歌が一般的な学校のものと同じだと思ってはいけない。まるで特撮の主題歌のようなカッコいい戦いを描いた意味不明な歌詞や、爆発音が入ってきそうな曲の校歌を歌うのは生徒どころか教師も恥ずかしいらしく、歌詞とは裏腹にお通夜のような陰鬱な声で歌われた。
「やっと、終わった……」
「お疲れ様。ホールがあって良かった……」
僕と美咲はお互いの健闘をたたえ合う。これでもホールができてからはだいぶマシで、できる前は1時間以上も立った状態で校長先生の話を聞かされていたわけである。毎年、何人かは倒れて救護室送りになっていたというが当然だろう。
「よし、学校も終わったしデーt「――ショッピングに行こうか!」」
美咲がデートと言おうとしていたのを察した僕は慌てて言葉を重ねる。美咲は少し不満気な表情だったが、あえて気づかない振りをした。
「さあさ、そんなところで立っていないで早く行こうよ。美咲お姉ちゃん」
首を少し傾げつつ笑顔で言う。少しあざといかなとも思ったが、意外と美咲には効果的だったようで、表情がだいぶ和らいでいた――というより、残念な感じにニヤけていた。
「ま、まぁぁ、そうね。早くいきましょうかね」
チョロすぎる美咲に手を引かれて、僕たちは繁華街へと向かった。
「こっちの服も良いけど……。こっちの服も悪くないわね」
「これも? もういいんじゃないの? これだって十分だよぉ」
美咲は楽しそうに僕の服を選んでいた。一方の僕は大して違いのない服を次々と着替える羽目になって辟易していた。
「何言ってんのよ。素材が良いんだから、ちゃんとこだわらないともったいないわ」
「えぇぇぇ。素材が良いんなら着飾る必要はないんじゃ……」
「ちっちっち。甘いわね。素材が良い子が着飾るのと良くない子が着飾るのは意味が違うのよ」
目の前で人差し指を立ててドヤ顔で言う彼女の自信満々な様子に、僕は何を言っても倍返しされそうな気配を感じて押し黙る。しかし、僕の様子に勢いを得たのか、さらに彼女の『女の子が着飾ることの重要性』に関するトークは激しさを増して、僕の精神をゴリゴリと削り取っていった。
「あううう、疲れたぁぁぁ」
「うん、いい買い物ができて良かったわね」
店を出た時、疲労困憊でふらふらになっていた僕とは対照的に、美咲は肌がツヤツヤと輝いているように見えてしまうほどに活力に溢れていた。その活力の1割でも分けて欲しいほど疲弊していた僕は休憩を提案する。
「ちょっと休憩しない?」
「そうね、葵もお疲れみたいだし。どこにする? レストラン? カフェ? それともラブホ?」
「ラブホは却下で……。無難にレストランにしよう」
あまりの疲労に言い返す気力もない僕は、速攻でラブホという選択肢を却下してレストランを希望する。ラブホには確かに『ご休憩』って書いてある。しかし、僕にはラブホに行って休憩できる未来が見えなかった。
「レストランかぁ。無難だね」
「無難であれば、僕はそれ以上には何も求めないよ……」
半ば強引に、僕は近くにあったイタリアンレストランに飛び込んだ。
「いらっしゃいませ」
「2名で」
「はい、こちらへどうぞ」
店員のお姉さんが笑顔で僕たちを席に案内する。メニューを見て、僕はタコの辛口トマトソースパスタを、美咲は4種チーズのクリームパスタを注文した。注文した料理が出されると、美咲は前掛けを持ってきてもらうように伝えていた。
「ちょっと待ちなさい。前掛け来てからでないとダメよ」
「いや、そんなに跳ねないから大丈夫だって」
そんなことを言っている間に前掛けを店員さんが持ってきたので、僕たちは前掛けをかけた。
「それじゃあ、いただきます!」
「待って、ナプキンを膝の上に置きなさい」
「……わかったよ」
渋々ながら膝の上にナプキンを置いて食べ始める。これまでは気にしていなかったけど、手が小さくなったのと心なしか不器用になったようで食べるのに苦戦してしまった。
「ほら、ちゃんと準備しておいてよかったでしょ?」
「ううう、そんなに言わなくても良いじゃない」
食べるのに苦戦した結果、パスタソースをあちこちに飛び散らせ、前掛けにもナプキンにもソースがあちこちに飛び跳ねていた。そのことをドヤ顔で指摘してくる彼女を抗議するように睨もうとしたが、背丈の違いで上目遣いになってしまう。
「ま、まあ、次からはちゃんと気を付けなさいよね」
そう言って僕から顔を逸らしてしまった。その様子に少し鬱憤を晴らしたところで店を出た途端、3人の男に囲まれた。
「おうおう、お前ら第七のヤツだろ? 俺たちとイイコトしねえか?」
「第五の期待のホープである黒崎さんに声を掛けられたんだ、ありがたく従うことだな」
「第七の分際で俺たちの女にしてもらえるなんて光栄なことだと思えよ」
口々に好き勝手なことを言う男たちに、せっかく良くなった僕の機嫌は急降下していた。僕は不機嫌な感情を込めて男たちを睨むが、彼らは怯むどころか笑い出した。
「ふははは、第七のチビが睨んでも怖くねえよ。ま、少しお仕置きでもしてやるか」
「そうだな、俺たちに二度と逆らえないように痛い目見てもらわねえとな」
僕は迫ってくる男たちを睨みつけながら、呪文を唱える。
「愛の輝き、胞子の心!」
呪文を唱えた瞬間、僕の身体の中から力が溢れて耳と尻尾が生える。そして、着ている服が消えて巫女服に替わり、右手に大幣が現れた。
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