第2話 これはキノコですか? いいえ、魔王です!
「これは一体どういうことだ!? ワシを焼きキノコにするつもりか?」
突如目の前に現れたキノコは辺り一帯が炎に包まれているのを見て悲鳴を上げた。そして周囲を見回して、僕の方に振り向くと、その細い手で僕の胸倉をつかみ上げた。
「な、何をするんだ!」
「ここは火の海じゃないか、早く何とかするんだ」
「何とかって、僕じゃ何ともできないよ!」
「なんという役立たず……。仕方ない。そこのお前、ワシと契約するのだ」
「契約?」
「契約をすればワシの力が使えるようになる。その力を使って何とかしろ!」
「横暴な! 自分で使えばいいじゃないか!」
「ここでは自分で力を使えないのだ。だから、つべこべ言わずに契約しろ!」
「……わかったよ。どうすればいいのさ」
「まずは名前を教えろ。そして、ワシの問いかけに『はい』と答えるのだ」
いきなり契約と言われて戸惑いが無いと言えば嘘になるが、ここを乗り切るためには仕方ないと割り切ることにした。
「相沢葵。それが僕の名前だ」
「では……。ワシ、キノッピーは相沢葵を眷属とし、ワシの力を分け与えることを契約せん。その契約を受け入れるか?」
「はい」
僕が答えた瞬間、僕の身体は大量の胞子に包まれた。
「けほっけほっ、何なんだよ、これは。えっ?」
僕はキノッピーに抗議しようとして、声が高くなっているのに気付いた。
「あれ、どういうこと?」
「葵は魔王少女――もとい魔法少女になったのだ。魔法少女とは魔王であるワシの眷属である。少女なのだから、当然ながら若い女性だろう」
「いや、聞いていないんだけど……」
「言っていないからな。そんな些末なことにこだわる状況でもないだろう」
僕の身体は少女、というだけあって、単純に女性になっただけではなかった。身長もかなり小さくなっていて、着ていた制服がぶかぶかになっていた。
「若いと言ったであろう。年齢にして10歳から14歳くらいになっているはずだ」
「ロリコンかよ」
「ああ、言っておくがワシの趣味ではないぞ。そういう決まりなのだ」
僕はキノッピーをジト目で見ながら、さらに疑問をぶつける。
「というか、これで戦うの? なんか前より弱そうなんだけど……」
「案ずるでない。変身の呪文を唱えれば魔法少女としての力を発揮できるようになる」
「何て唱えればいいの?」
「『愛の輝き、胞子の心』だ」
「奉仕の心じゃなくて、胞子の心かよ」
「キノコだからな、当然だろうが!」
意味不明だったが、一刻を争う事態に僕は仕方なく変身の呪文を唱えた。
「愛の輝き、胞子の心!」
「いいぞ、そうだ!」
呪文を唱え終えた瞬間、僕の頭とお尻から金色の毛に覆われた狐の耳と尻尾が生えてきた。そして、制服が消えて白衣と緋袴といういわゆる巫女服に替わる。さらには右手に一本の直剣が現れる。その剣は片面に柄杓を象った七つの星、もう片面には左右に並ぶ太陽と月、その下に五角形を描く5つの星、さらにその下には上下に並ぶ2つの星が刻まれていた。
「この剣は?」
「宿星剣という名前が付いているらしいが、詳しいことは知らん」
まったく役に立たないキノコである。しかし、変身したお陰か戦い方や魔法の使い方が僕の頭の中に自然に入っていた。
「なんだぁ?! それがお前の異能力か? けっ、見掛け倒しかよ」
色々とツッコミたいところではあったが、敵である男がそれを許してくれそうになかった。彼は悪態をつきながら火の玉を放ってくる。それを僕はその剣を一閃して振り払うと、それは火の粉を舞わせながら消滅した。
「ちっ、小癪なマネを」
「もう、お前の好きにはさせないよ! 胞子領域!」
僕が呪文を唱えると、校舎を覆っていた炎に代わって無数のキノコに覆われる。
「ちっ、うぜえ。そんなもの燃やし尽くしてやるわ」
男はその身に炎を纏うが、キノコに覆い尽くされた室内に炎が燃え広がることはなかった。
「無駄だよ。その程度の力じゃ、僕の領域は上書きできない」
「クソが、貴様から先に殺してやる」
男は連続して火の玉を作り出し、次々と放ってきたが僕が振り回した剣によって全て払い落とされてしまった。
「ちっ、効かねぇ、か。だが、俺が得意なのは殴り合いだぜ!」
全身に炎を纏った男が僕に接近して殴りかかってくる。しかし、魔法少女となって向上した身体能力を得た僕にとって、彼の動きは脅威にはならなかった。彼の攻撃は僕に当たることは無く、逆に僕の振るった剣によって、彼の身体には傷が増えていった。
「くそっ、何で俺の攻撃が当たらないんだよ! なら、これならどうだ!」
男は自らを纏う炎をより一層強く燃え上がらせる。そして、その炎が分かれて10体ほどの人形となって同時に僕に襲い掛かってきた。
「くっ、あっ!」
身体能力的には勝っているとはいえ、1対10では完全に回避することができず、何発か攻撃を食らってしまう。一方で反撃を試みているが、実体を持たない炎相手に僕の剣はただ空を切るだけだった。一方的に攻撃を受け続け、僕の身体は瞬く間に傷が増えていった。
「あ、しまっ――」
ダメージによって集中力が散漫になっていた僕は攻撃への対処が遅れてしまった。目の前に炎の人形が拳を振るうのが見えた。
「伏せて! 死者覚醒!」
突然聞こえた声に従って僕が伏せると、生徒の死体が起き上がって炎の人形と戦い始めた。
「大丈夫?」
「あ、はい。あなたは?」
「待って、今はそんなに余裕が無いわ」
僕を助けてくれた女性は少し暗い雰囲気の女性だった。彼女は黒いドレスのような衣装に身を包み、肩まで伸びた黒髪をはためかせながら、男を睨みつけていた。
「見つけたわよ、炎王! 今日こそは姉さんの仇を取らせてもらうわ」
「ちっ、死霊姫かよ。いい加減諦めろや。人形なら、てめえの方が強いかもしれねえけどな。本体が戦えないお前じゃ勝ち目はねえぜ」
炎王が死霊姫に殴りかかる。しかし、僕は彼女との間に入って剣を振るい攻撃を弾いた。
「ちっ、雑魚が。邪魔するんじゃねえ!」
彼の怒りに合わせるように、纏った炎が激しさを増す。しかし、僕は落ち着いて呪文を唱えた。
「幻想胞子!」
僕の手から放たれた胞子は炎王の身体にまとわりついた。そして、彼の身体から何本ものキノコが生える。
「何だ?! くそっ、やめろ!」
炎王は何もないところで腕を振り回し始めた。そこに人形を倒し終わった死体たちが、彼に群がっていく。
「くそっ、お前ら、覚えていやがれ!」
その瞬間、炎王は生ける炎となった。彼の身体から生えていたキノコは焼きキノコとなって地面に落ち、香ばしい匂いを漂わせていた。逃げようとする彼に剣を振るって動きを止めようとするが、炎となった彼の身体をすり抜けるだけであった。
「なっ?!」
「ちっ、また逃げられたか……」
そうこうしている間に炎となった彼は教室から出て行ってしまった。
「やっと倒したのか。ずいぶん時間がかかったな」
「倒したんだからいいじゃない。さっきまでどこか行ってたくせに」
「ふん、姿を消していただけだ。それに変身はもういいだろう? 解除するぞ」
キノッピーが変身を強引に解除したおかげで、ぶかぶかの男物の制服を着た幼女が出来上がった。
「ちょっと、何で女の子の身体のままなんだよ!」
「契約するとそうなるんだから仕方ないだろう。変身はいつでもできるぞ」
どうやら契約した時点で女の子になるのは確定のようだった。僕はさらに色々つめようとしたが、死霊姫に声を掛けられる。
「ちょっといいかしら? 少し話をしたいんだけど」
そう言って、彼女は僕の目をじっと見つめた。
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