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第二章 SCENE2

 時守が危惧した通り軽自動車の後部座席は、いっぱいの荷物で埋め尽くされた。

 試行錯誤の果て何とか荷物を詰め込むことに成功すると、愛は時守を乗せて自動車を発進させた。

 「お孫さんに会いに行くんでしょ? だったらどうして?」

 国道に出て車の流れが落ち着くと、それを待ちわびたように愛が質問していた。

 ミステリーサークルと孫――関連性の無い二つのキーワードがどうやったら結びつくのか?

 その間にあるミッシングリンクの正体が皆目見当もつかなかった。

 運転席から投げかけられた疑問の視線に、時守はフロントグラスを見つめたまま沈黙していたが、やがて覚悟を決めたようにゆっくりと口を開いた。

 「孫は……UFOに連れて行かれた」

 「……!?」

 予想を遥かに超えた答えに言葉を失うと、愛は目を見開いたまま助手席の老人を見つめる。

 それを十分予測していたのか、時守は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、わき見運転を続ける運転手に前方を指さし、運転に集中するように促した。

 「え、ああ……!」

 センターラインを大きくオーバーした暴走車に対する対向車からの容赦のない抗議のクラクションに肩を跳ね上げると、愛は慌ててハンドルを持つ手に力を込める。

 車が一定の安定挙動を取り戻したことを確かめると、老人は混乱したままの運転手に穏やかな口調で続けた。

 「だから宇宙人にメッセージを送る……孫を返すようにと」

 「な、何よ……それ、マジ?」

 「信じないならそれでいい……」

 「だ、だって急にそんなこと言われても、信じろっていう方が無理よ!」

 これに関しては明らかに愛の方が理に叶っていた。

 突然に荒唐無稽な物語の風呂敷を広げられても、彼女の言うとおり、信じるものは誰もいないであろう。

 自分に向けられている好奇と疑心ともつかぬ視線の意味を十分に理解しているのか、時守は寂しげにためいきをつく。

 「私も目の前でそれが起こらなければ、間違いなく信じなかっただろう……あれは今から十年前の今日、六月七日に起こった……」

 時守は遠い目をフロントグラスに向け静かに口を開くと、記憶の中に鮮明に浮かび上がった夜の出来事を話し出した。


 時守と孫の健太郎は、長野県の松本にある小さなキャンプ場を訪れていた。

 その日は健太郎の七度目の誕生日であったが、本来それを祝うはずだった父親の真一は仕事で忙しく、電話一本で時守にその代役を頼むと『後から必ず行く』との約束を残し、慌ただしそうに電話を切った。

 真一が約束を破るであろうことは時守に……いや、健太郎にも十分にわかっていた。

 そういった真一の口先の約束は、これまでに守られたためしがなく、その度に健太郎は涙を流していた。

 何故自分の父親は他の子と違って、一番そばにいて欲しい時にいつもいないのか?

 真一が約束を破る度に駆けつけてくる時守に、健太郎は寂しさと悔しさの入り混じった涙を浮かべながら問いかけていた。

 でも、それも慣れっこになったせいか健太郎は強くなり涙を見せぬようになると、父親の代わりにいつでも飛んできてくれる時守との信頼を築いていった。

 いつしか時守と健太郎の絆は深くなり……時守も自分を慕ってくれる健太郎に、惜しみの無い愛情を注ぐようになっていた。

 予想通り仕事が終わらず『キャンセル』の電話をよこした真一との通話を切ると、健太郎に首を振り、予定調和になったいつものためいきをついてみせる。

 寂しげな笑顔でそれに応える健太郎の頭をくしゃくしゃと撫でてやり、二人してテントに戻ろうとした。

 その時――

 異変が起きた。

 突然に空が明るくなったかと思うと、青白い光が二人の顔を照らし出した。

 驚きと共に頭上を見上げた時守は、空中に浮かんでいる飛行体に唖然と息を飲む。

 時守の目に映ったのは青白い光を放つ宇宙船であった。大きさは五、六十メートル程であろうか――見事な円盤形で、船体の窓であろう場所からはクリスマスツリーを連想させるような何十もの淡い光が零れていた。

 「これは……」

 息を飲み声を絞り出すと、その宇宙船に視線を釘づけにする。

 宇宙船は鼓膜を心地よく振動させる飛行音を発しながら、ゆっくりと二人の立っている場所に近づいてくる。

 不思議と恐怖は無かった。宇宙船から放たれる光はとても美しくて優しく、温かささえも感じた。

 言葉を失ったように懐かしい光に見惚れていた時守は、ふと隣にいる健太郎に目をやった。

 ――健太郎がいない!

 瞬時にわれに返ると、慌てて孫の姿を探した。

 みぞおちに感じる不吉な痛みを堪えながら周囲に目を凝らすと、自分に背を向けて遠ざかって行く健太郎の背中を見つけることができた。

 「健太郎!」

 時守は声を限りにすると、宇宙船に向かって歩いて行く健太郎の背中に呼びかけた。

 その必死の呼びかけが全く聞こえないのか――健太郎は足を止めること無く、どんどんと宇宙船に近づいて行く。

 遠ざかる健太郎を追いかけようとする老人の足は、何故か魔法にかかったように微動だにしない。

 取り返しのつかないことになってしまったのでは……

 直感的に感じた時守であったが、それでも一縷の望みを託して孫の名を叫び続けた。

 淡い光に引き寄せられるように、どんどんと小さな背中が遠ざかって行くと、ついに健太郎は宇宙船の目の前までたどり着いた。

 高度を落とし地面すれすれに浮かび上がる宇宙船の前で足を止めると、まるで楽しいおもちゃでも見るように瞳を輝かせる。

 それ自体に意思があるのか……宇宙船は少年を歓迎するように光の色を鮮やかな赤や黄色、緑に変化させる。

 その光に魅せられていた健太郎が、ふと何かを思い出したように時守の方を振り返った。

 「健太郎……」

 祈るような視線を向ける時守に何かを伝えるように口を開くと、健太郎は無邪気に笑ってみせた。

 次の瞬間――

 宇宙船が眩しい光を放ったかと思うと、一瞬にして姿を消してしまった。

 光も音も全て目の前から消え去り、時守だけがその場所に取り残されていた。

 夜の闇にひとり立ち尽くす時守……周囲を見渡し健太郎の姿を探すが、どこにも見つけることができなかった。

 時守は必死に何度も健太郎の名前を呼び続ける。だが、その悲痛な声は木々の中に吸い込まれ、静寂の中に戻ってきた涼しげな虫たちの声だけが虚しく鳴り響いていた。

 力無く夜空を見上げた時守の目に、満天に輝く星たちの微笑みが見えた。

 「健太郎……」

 老人の最後の呼びかけが届いたのか……無数に散らばる星たちの中の一つが、それに応えるように優しく瞬いていた。


 「警察で森や池を捜したが、見つかるわけがない……健太郎はもっと遠くへ行ってしまったのだから。結局、彼らの出した答えは、行方不明という見当違いのものだった……」

 悔しげに唇を噛みしめると時守は話を締めくくった。

 まるで昨日のことのように鮮明に語られた十年前の出来事。それが真実かどうかはわからない……でも、健太郎のことを話している老人の目は深い愛情に満ちていて、時折滲ませる涙に偽りは無かった。

 食い入るように時守の話を聞いていた愛の瞳にも、知らずのうちに涙が溢れ出していた。

 「…………」

 これまでに何度となくこの話をして、その度に向けられる好奇と憐れみの視線に落胆を繰り返してきた時守は、初めて健太郎のために涙を流してくれた愛に、戸惑いとも感謝ともつかない表情を浮かべると、ただ黙って彼女の顔を見つめていた。

 ――人が良すぎるのか、それとも……

 時守の思惑がわからない愛は、二人の間に流れ始めた重苦しい沈黙を破ろうと口を開く。

 「それで、健太郎君は……?」

 「それ以来、いなくなったままだ……」

 「で、でも、それって十年も前のことでしょ? なのに、どうして今頃?」

 「健太郎の存在を強く感じるようになった。それはここ数日前から始まり、日増しに強く感じるようになった。そう、とても近くに……」

 なおも言葉を続けようとする時守を遮るように、愛の携帯電話が振動した。

 「失礼……」

 申し訳なさそうにそう言ってバッグをまさぐると、愛は携帯を取りだす。

 ディスプレイをのぞき込み着信の相手を確認すると、何とも言えない落胆のためいきをつき、ハンドルに突っ伏すようにうなだれた。

 「あの……」

 「どうした?」

 「メール……していいかしら?」

 「メール?」

 けげんに問いかける時守に力なくうなずく。

 「今日、夕方に大切な用事があって、今からそれを断らなきゃいけないの……」

 偽りの無い重苦しい口調に、それがあまり楽しくない義務的な種類のものだと察すると、時守は仕方ない、という表情を浮かべる。

 「密告者にならないと誓うなら……」

 「密告したところで、わたしの体内の毒は無くならないでしょ?」

 念を押すような時守の眼差しに、愛は皮肉たっぷりに質問する。

 「確かに……」

 その通りだとうなずいてみせると、時守は手のひらを差しだし『どうぞご自由に』というジェスチャーを取った。

 愛は『ありがとう』の瞳を向けるとウインカーを出し、車を道路の端に寄せ停車させた。

 何度も緊張の面持ちでメールの文面を口の中で呟き、リライトしながら抽出された文字を打ち込むと、祈るように目を閉じて送信ボタンを押す。

 だが、その祈りは通じなかった。

間髪を入れずに再び愛の携帯が振動する。

 今度はメールで無く電話の着信であった。愛はそれを予想していたかのよう肩を落とすと、困り果てた表情で時守に切り出した。

 「あの……今のメールに異議申し立てがあるみたいで、どうしても話がしたいって」

 「お嬢さんは確か今、仕事中ということになっておるはずだが……相手はそれを知らないのか?」

 「そういう人なんです……」

 「随分と常識に欠けておるように思うが……出なければ何度でもかかってきそうだな」

 「ごめんなさい……」

 時守の的を射た分析に複雑な笑みを浮かべると、愛は電話の相手に代わって頭を下げた。

 「お嬢さんが謝ることでは無い。早く電話に出てやりなさい」

 愛に気をつかわせないように、できるだけ穏やかな口調でそう言ってやる。

 「ありがとう」

 時守に感謝の瞳を向けると、愛は振動し続ける電話の相手と回線を繋いだ。

 予想した通り、電話の相手は明らかに苛立った声で、約束を反故にしたことに非難の言葉を浴びせかけた。

 「うん……だからゴメンって言ってるじゃない。本当に急用で……」

 電話の相手は愛の言葉を最後まで聞くこと無く、感情のままに自らの怒りをぶつけ続けた。

 愛は心の中で舌打ちをする……危惧したとおりの最悪な展開に向かいつつあることに天を仰ぎたくなった。

 こうなると収拾がつかなくなることは、愛自身が一番良く理解していた。それを止める手段が自身の手の内に無いことも……

 それでも何とか理解を得ようと説得を試みるが、相手は支離滅裂とも思える独自な理論で、約束に行けない理由を決め付けにかかった。

 「浮気!? 何言ってるのよ? そんなわけ無いじゃない! 違うわよ!」

 愛が必死になればなるほど、どんどんと悪い方向に向かっていくようであった。

 二人のやり取りを静観していた時守が、やれやれ……というように首を振る。

 「誰といるって? ちょっと説明できない。そんなに怒鳴らないでよ! そんなんじゃないわ! お願いだから信じて……」

 相手のペースに巻き込まれるようにヒートアップした愛が大声を張り上げた。

 その時――

 不意に伸びてきた時守の手が、彼女の手から携帯を奪い取った。

 「あ……」

 それがあまりにも一瞬の出来事であったために、愛には何が起こったかわからなかった。

 唖然とする愛をよそに、時守は奪い取った携帯を自らの耳に当てると、受話器の向こうの相手と交渉を始めた。

 「もしもし、私は深沢さんと一緒にいるものだが……彼女がこの老いぼれとロマンスに落ちるとお思いか? 君ももう少し彼女のことを信じてやっても……」

 受話器から漏れる激しい怒声が時守の穏やかな言葉を掻き消す。

事態の収拾を図るための冷静で的確な意見であったが、それが通じる相手ではなかったようだ。

 猜疑心と嫉妬に燃え上がる相手は矛先を時守に向けると、ありとあらゆる醜い言葉で時守を追求し攻撃し始めた。

 時守は目をつむりしばらく野獣の如く吠えたてる喚き声を聞いていたが、それも我慢の限界に達したのか……大きく深呼吸をすると、交渉決裂と言わんばかりに反撃ののろしを上げた。

 「いいか、よく聞くがいい! 私は彼女の新しい恋人だ!」

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