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第四章 SCENE5

 投光器の明かりが次々と灯されると、広大な麦畑が、うっすらとではあるが光に浮かび上がった。

 畑の中心には脚立が置かれ、その隣に立つ愛が、向かい合う形で並んでいる真一、早川、水島をはじめとする真一の部下であろう数名に、よく通る大きな声で指示を伝えていた。

 「みんな、決められた班ごとに分かれて! 完成までに残された時間は、あと二時間しかないわ!」

 時間が切迫しているせいか、知らずのうちに表情が険しくなっていることに気がつくと、愛は愛嬌たっぷりの笑みを浮かべウインクしてみせた。

 「と、いうわけで、みんな頑張ってちょうだいね」

 その愛らしい仕草に真一を除いた一同の表情が和む。

 「じゃあ、始めるわよ!」

 元気いっぱいの号令に、真一の部下たち――特に水島が威勢のいい声で応えると、それを合図に各自が畑の端々に散っていった。

 その後ろ姿を見送りながら愛は、真一から借りた携帯で時守の番号にコールした。

 携帯を耳に当て、何度かの呼び出しの後に時守の声が聞こえた。

 「ねえ聞こえる? 聖二さん」 


 「ああ、とても近くに聞こえる」

 病室のベッドで上半身を起こすと、時守は受話器からの声に呼応する。

 嬉しそうな彼女の声を耳にすると、不思議と心が落ち着いた。

 遠い国から届いた便りを聞くように、時守は愛の声に耳をすませる。

 「今、始まったわよ。みんな畑に散らばって作業を始めてるわ」

 サークル作りの総指揮者として、定期的に現場監督から報告を受ける手はずとなっていた時守は、実況される報告を満足そうに聞いていた。

が、ふと思い出したように愛に質問する。

「あいつは?」


 総指揮者の指摘を受けた現場監督は、目を凝らして真一の働きぶりを観察する。

 真一は早川と水島とチームを組んでいるが、彼は殆どの作業を医者と部下に任せているようであった。

 難しい顔をして腕を組み、時折、水島に対して小言とも命令ともつかぬ言葉を投げかけていた。

 「彼には力仕事には向かないみたいね……」

 やれやれ……と言うように、愛は落胆のためいきをつく。

 それで全てを察した時守が、愚痴を零すように愛に言った。

 「昔からそうだった。目を離すとすぐにサボリよる。愛さん、構わないから、ここは厳しく言ってやってくれ。それでも聞かないようなら、あの話を……」

 「あの話……?」

 時守の口から出てきた息子の暴露話に、愛は思わず顔を真っ赤にさせた。


 「何をしている!」

要領を得ず、たどたどしく板きれと格闘している水島に、真一は苛立ちをあらわにして声を上げた。

 「す、すみません。何しろ初めてのことですので……」

 ――慣れている人間も、そう滅多にいるとは思えないが……

 二人のやりとりを横目で見ていた早川が、心の中でそうつぶやく。

 妙に的を射た水島の言い分が滑稽に思えたが、あえて口には出さなかった。

 上司と部下の関係に口を挟むことが無粋に思えたのだ。彼らの組織内のルールにまで口を出す必要な無い。

 そんな早川の思惑をあっさりと愛が打ち破った。

 「そこのネクタイの人!」

 先生が生徒を呼ぶように、愛は声を張り上げる。

 「私か?」

 愛と目が合った真一が、確かめるように自分を指さす。

 「そう、あなたよ。みんなが働いてるんだから、あなたもちゃんと働くの!」

 出来の悪い生徒を叱りつけるように、愛は時守グループの取締役に言い放った。

 誰かに指図などされた経験が無いであろう真一は、その言葉の意味を理解できないというようにポカンとした表情を浮かべながら、確かめるようにもう一度たずねる。

 「私が?」

 「他に誰がいるの? お父様から甘やかさないようにとの命令があったの!」

 愛にそう言われても、真一は動こうとはしなかった。

 部下の手前、やすやすと他人の命令に従う姿を見せたくなかったのと、自分より遥かに年下の小娘に言われたこと対するプライドが、頑なに命令に従うことを拒ませていたのだ。

 ――そうなることは了承済み。

 愛は不敵に微笑むと、往生際の悪い息子に、父親から伝授された最終兵器を突きつけた。

 「何だったら、小学二年生の時にあなたが起こした、ウサギ小屋の事件の話をしましょうか?」

 「わかったわかった! やればいいんだろ! やれば……」

 真一が慌てて愛の声を遮ると両手でそれ以上喋るな! というリアクションを取った。

 効果覿面――

 勝ち誇ったような笑みを浮かべる愛とは対照的に、徹底的な敗北にうなだれる真一が渋々と板を手に取り、労働への参加の意思をアピールした。


 「凄い効き目ね……」

 魔法にかけられたように瞬時に命令に従った真一に、愛は驚きの声をあげていた。

 「神の声だ」

 偉大な魔道士の如く厳かな声でそう言うと、老人は楽しげに笑った。

 きっと息子の慌てふためく姿を想像しているのだろう。愛でさえ恥ずかし過ぎて、聞くに堪えなかった『ウサギ小屋事件』の哀れな首謀者に少し同情しながらも、自身も口元を綻ばしていた。

 思った以上に元気そうな時守の様子にとりあえず安心すると、愛は本来の作業に意識を戻す。

 「聖二さんのお陰で、今のところは問題無しよ。完成したらまた電話するからね」

 「ああ、楽しみに待っている」

 穏やかな声で答える時守に「じゃあね!」と元気に返すと、愛は少し名残惜しそうに通話を切った。

 ――さて……

 あとは迫りくるタイムリミットとの戦いだった。

 何としても健太郎の誕生日が終わりを告げる十二時までにサークルを完成させなければならない。

 腕時計に目を落とした愛が残された時間を確認し、自らの真剣モードにスイッチを入れると、脚立の上から急造チームの面々の戦況を見守った。

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