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第四章 SCENE4

 薄暗い病室は静まりかえり、時守の小さな呼吸だけが唯一の音のように思えた。

 その静けさの中、自らもなるべく足音をたてないようにと慎重にベッドまで歩いて行く。

 真一と早川が必要なものを用意している間、彼らの特別な計らいで、病室に足を踏み入れることを許された。

 時守の意識はまだ回復していなかったが、穏やかな息遣いを繰り返している様子から、容体がだいぶんと安定しているのだと察する。

 ベッドのすぐそばまで来ると、深く目を閉じている老人を見下ろす。

 倒れてから、ほんの少しの時間しかたっていないはずなのに、時守の顔は何年も年を重ねたように老け、色褪せたように見えた。

 そのせいか、本当にもう何年も会っていないような寂しさが急に込み上げてくる。

 自らの声が届かないと知りながらも、老人に向かって話しかけていた。

 「無理してたんだね、ずっと……」

 「だが、人生で一番充実した時間だった……」

 悲しげに瞳を落とす愛の耳に、懐かしい時守の声が届いた。

 驚きに目を見開く。

 ――幻聴?

 幽霊でも見るような目でのぞき込む愛に、時守はパチリと目を開けて呼応した。

 「起きてたの?」

 「ああ、意識が回復したことがバレたら、色々と面倒だからな……」

 小さく笑う時守とは正反対に、愛は今にも泣きそうな顔を浮かべていた。

 「もう、本当に心配したんだからね……」

 「済まなかった……」

 少し怒ったような眼差しに、時守は素直に謝った。

 それを境に、二人の間に何とも言えない気まずい沈黙が訪れる。

 全てを知ってしまったことを、お互いに肌で感じていた。

 だから、その事実を口に出してしまうのが怖かった。

 それを口にした途端に、これまでに築いてきた二人の固い絆が、いともたやすく断ち切れてしまうのでは……

 そんな不安が、二人から言葉を奪い去ってしまっていたのだ。

 ――ならば……

 いずれにしても、全てを話さなければ先には進めない。

 時守は覚悟を決めると、愛に向かって切り出した。

 「なあ愛さん、本当は……」

 「ねえ、今から何をするかわかる?」

 愛が老人の声を掻き消すように、場違いと思える明るい声で質問した。

 口調こそ楽しそうであったが有無を言わさぬ愛の勢いに、時守は言いかけた言葉を飲みこんだ。

 「今から?」

 けげんに見つめる老人に、愛は得意げにうなずいてみせる。

 「今からサークルを作りに行くの、みんなでね。あなたの息子さんも一緒よ」

おどけるように小さく笑ってみせる愛……が、すぐに真剣味を帯びた表情を浮かべると、真っすぐに時守を見つめて言った。

「わたし、絶対に完成させるから……」

 「愛さん……」

 「まだ間に合う。希望を捨てるなって教えてくれたのは、聖二さんよ」

 母親が子供に諭すように言い聞かせると、愛は悪戯っぽく微笑んだ。

 「…………」

 時守は抵抗する術を奪われたように、ただ黙って愛を見つめた。

 最初に会った時から比べて彼女は確実に成長し、本当の意味で大人の女性になっていた。

 その急過ぎる変貌に時守は戸惑いをあらわにしていたのだ。

 それを悟られたくないのか、自分の方が人生の先輩であるという妙な意地のせいか、時守はわれを取り戻すように表情を引き締めると、ゆっくりと愛の後ろを指差した。

 「……?」

 その指の差す方向にはテーブルがあり、そこには彼が持っていた手帳が置かれていた。

 「どうやってサークルを作るつもりだったんだ?」

 「ホントね」

 的を射た老人の指摘に、愛はしまったとばかりに舌を出す。

 「じゃあ、ちょっと借りていくわよ」

 「ああ……」

 老人のうなずきを確認すると、そっと手を伸ばし手帳を手に取った。

 難解な記号や文字の羅列と向き合わなければいけない覚悟を決め、手帳のページをめくる。

 ――ん?

 愛はとあるページに目を止める。

 そこに描かれているのは、おそらくサークルの『完成形』であろう。

 予想を遥かに超えた『完成形』に、思わず少女のような笑みを零すと、納得したようにつぶやいた。

 「幾何学模様……ね」

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