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グレンはプリシラが見えていないようだった。
つまり、グレンからは私が独り言を散々言っていたように見えているのかもしれない。
しかも、私はグレンを奪わないでとか叫んでいなかっただろうか。
プリシラはどこかへ行ってしまった。口ぶりからしてもうこの世界にはいなさそうだ。あんまりな置き土産である。
「私を連れてってくれれば良いのに」
プリシラが私を連れてってくれれば。こんな恥ずかしい思いしなくて良かった。
恥ずかしくて俯いてまたワンピースをぎゅっと握る。夜が明けて朝が来るようだ。だんだん周囲が明るくなっている。
急に誰かに引き寄せられた。
温かい感触、それにこの服はグレンのものだ。いつの間にか彼は窓をまたいで中に入ってきていた。
「さっきの言葉は?」
「え?」
「連れてってくれればっていう言葉」
グレンの腕の中で一瞬混乱する。
彼にはプリシラが見えていなかったから……どこから説明すればいいんだろう。プリシラが見えていたことも説明して、それから満月の日に入れ替わっていたことも伝えないといけないだろうか。いや、もう黒魔術で見えるようになったことにして……。
「えっと」
「公爵邸に連れて戻っていいのか」
ん? 思ってるのと話が違う?
「え? 公爵邸? それはもちろん戻るけど……その前にエルンスト侯爵邸で捕まっている侍女や護衛の方を」
「そっちはもう救出に向かっている」
「そっか。なら、良かった」
先代公爵夫人にも、公爵夫妻にも迷惑をかけてしまったのだから謝らないと。なぜかグレンが放してくれないのでモゾモゾ体を動かしたが、拘束が強くなっただけだった。
「グレン?」
「あんまり誘拐されるから……肝が冷える」
「ごめんなさい」
「帰ったら外出は禁止だ」
「え……それは酷くない?」
「俺がいたら愛されていいって思えるって言ってたんだからいいんじゃないのか」
グレンの言葉をかみ砕くのに時間がかかった。
そんなこと私、言ったっけ……プ、プリシラには言った。え、まさかそこもきっちり聞かれていたの? 私は何て言ったかあんまり覚えてないのに。それって聞き様によっては告白紛いじゃない? 私はプリシラにグレンの命乞いをしてただけなのに!
グレンの腕の中でジタバタ暴れたが、彼はまだ放してくれない。
こんなに近づいたのは、前の誘拐の時だけだ。抱え上げられたあの時。
「公爵邸にこのまま戻ったら……未来の公爵夫人になるぞ。本当にいいのか?」
えっ? そうなの? そういう話だっけ?
え、まさか私の「連れてってくれれば良いのに」って言葉をそういう風に解釈してる? プリシラに言ったんじゃなくてグレンに言ったと思われてる?
え、じゃあ私って今……グレンに告白紛いのことを叫んで、グレンだけは奪わないでって言って、しかも(公爵邸に)連れってって欲しいって口にしたことになってるの? いや、そんな脈絡のないこと思ってないよね? こんな目に遭って錯乱してるとでも思われてるんだよね。だって、私はプリシラ、プリシラと連呼していたわけだし。まさかそれって聞こえてなかった?
「あの子は私の娘よ!」
女性の金切り声が外から聞こえた。
やっとグレンの力が少し緩んだので、外を見る。内容からしてエルンスト侯爵夫人かと思ったが、騒いでいるのは母親であろう女性だった。
「あの子は私が生んだのよ! そっくりでしょう? 母親なんだから助けてくれるわよね!」
「彼女は、どこで見つけたの?」
「クマに襲われそうになっていたな。もう一人男がいたがそっちはすでに襲われていた。身なりにしては高価な指輪をつけていたから、盗賊か侯爵夫人関連だろうと思って捕まえさせた」
母親が叫んだ内容に、騎士たちは顔を見合わせるものの大して相手にせずに馬車に押し込もうとする。
「あれは……もしかして君の母親か?」
「違う。会ったこともないよ、母親だったとしても分かんない。よく似てるだけ」
エルンスト侯爵家ではサリーが一番優しかった。一番母親に近かったかもしれない。あとは先代公爵夫人だろうか。彼女も厳しくて優しかった。
「侯爵夫人に頼まれて私が生んだ子よ!」
私の母親はやっぱり、どこまでも卑しい人だった。私をお金にしようとして、お金にできたらすぐ逃げて、お貴族様に捕まったら平気で嘘をつく。
あんまりな発言内容に騎士たちはさすがに手を止める。
「バカげているな。猿轡をしておけば良かった。相手をする必要はない」
グレンがそう言ってくれた。その言葉に安心する。
「何してんの。そんな妄言、相手にしないでさっさと連行しよう」
レイフが犬でも追い払うように指示を出している。
そんな母親の足元に黒い影が見えた。あれ、と思って見ていると影は人の手のような形になってうにょうにょ生えてくる。
さっきプリシラが出していたものによく似ている。でも、騎士たちもレイフも何も反応しない。見えていないのだろうか。
「どうした?」
グレンの制止を振り切って、よく見ようと窓に近付く。
私が近付いたことで母親は希望を見出したように笑った。だが、次の瞬間。彼女は悲鳴を上げた。