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いつもお読みいただきありがとうございます!

 毎日必死で生きてたから考えなかったけど、衣食住に不安がなくなったらなんで生きてるのか、なんで生まれてきたのか考えちゃった。考えない方が幸せだったかも。殴られないのはいいんだけど。


 私はいない方がいい。生まれた意味も生きてる意味も分かんないんだから。

踏んだ雑草の名前なんて考えないでしょ? 存在も認識しないでしょ? 私は名前さえつけてもらえなかった。それと一緒で誰にも愛されない私はいない方がいいんだよ。どうせ1番にも2番にもなれない3番だもん。覚えてもらえるのだって1番と2番だけでしょう?


 すぐに『じゃあ、あんたの体もらうわ。私が使ってあげるんだから感謝してよね』と言いそうなプリシラはなぜか難しい顔をしている。


「プリシラが私の体、使ってくれるならいいよ。良かった、プリシラで」


 プリシラ以外だったら嫌だけど。

 プリシラって不細工だのなんだの口は悪いけど、彼女といた日々ってけっこう楽しかった。いつでもお喋りできる素直で直情的すぎる友達ができたみたいで。前回誘拐された時にプリシラの道案内で走った時は楽しかったな。


 私は誰からも愛される価値もない孤児だったけど、実の母親にさえ売られたみたいだけど、プリシラのためになるんだったらこれまで無駄に生きてきて良かったかも。こんなことを言えば『いい子ちゃんぶってんじゃない』って言われるだろうけど。


「いいですね。抵抗が少なければより成功率が上がるので。あー、ほんとにもったいないほどいいサンプルだな」

「呪文を唱えて終わりですか?」

「うーん、いやちょっと痛い思いをするかもしれません。なんといってもあなたの魂を体から出さなければいけないので。このナイフでチクッとやります」


 床にしゃがんでいる男が腕を伸ばして見せてくれたのは、持ち手部分や刃に不気味な文様が彫られたナイフだ。


「痛そう」

「大丈夫です、心臓に刺すわけじゃないんで。肩口に傷をつけさせてもらいます。血液を採取して魂を入れる入り口を作らないと」

「ちょっと! そんなこと聞いてないわ! プリシラの体になるのに傷がつくじゃないの!」


 夫人が喚いたが、男が睨んだようですぐに大人しくなった。夫人はさっき私を蹴って踏みつけたのだから今更だと思う。

 夫人が大人しくなったので、私はぷかぷか浮いていまだに難しい顔をしているプリシラに視線をやった。


「プリシラ。お勉強、頑張ってね」


 なんといえばいいか分からなかったのでそんなセリフになってしまった。プリシラが大きく驚きに表情を変える。何だろう、彼女にとってお勉強はそこまでマズイ言葉だっただろうか。


「ケーキもいっぱい食べられるから」


 とりあえず、癇癪を起こされて喚かれるのは最期の瞬間にふさわしくないかなとケーキで釣ってみる。


「はい。完了。じゃあこれから儀式を始めますね」


 気付いたら床には読めない呪文や文様がいっぱい書かれていて、それが私の寝かされているソファをぐるっと囲っていた。ところどころに骨や木の枝や鳥の羽根、よく分からない液体や粉を入れたグラスやお皿も置いてある。


 夫人をちらりと見ると、膝の上で祈るように手を組んでいた。黒魔術ってよく知らないけど、あんまり良くないものなんじゃないの? 夫人って何に祈ってるんだろ。まさか神様?


 男が分厚い本片手に立ち上がり、怪しげな粉を撒きながら訳の分からない歌みたいな呪文を唱え始める。


 すぐに窓からビタンというおかしな音がした。男は儀式に集中している。窓を見るとなぜかタヌキが窓ガラスに張り付いてずずーっと落ちて行くところだった。なんでタヌキ? しかも窓ガラスに跳びついたの?


『タヌキ……まさか』


 プリシラが窓を見て呆然と呟く。タヌキってそんなに珍しいの?

 男は周辺の音は耳に入らなかったようで、先ほど私に見せたナイフを手に取って私に近付いて来た。


『ねぇ、あんた』


 ナイフの切っ先を向けられてさすがに怖かったので目を閉じようとしたが、プリシラが口を開いたので男と同時にプリシラを見てしまう。


『私は指図を受ける謂れはないわ』


 どういう意味だろう。

 ぽかんとしていると、プリシラはさっと移動して床の液体の入ったグラスを倒した。それによって文様の一部が消えてしまう。


「ああっ!」


 男がナイフを取り落として悲鳴を上げているが、私はプリシラが何かに触れたことが驚きだった。もしかしてプリシラについているおかしな枷のせいだろうか。何でも通り抜けてしまっていたはずなのに。


 疑問を口にしようとしたが、今度は大きな音をたてて窓ガラスが割れた。廊下から足音もする。


『私、お勉強なんてしないわよ』


 そんなプリシラの言葉が耳に届く頃には、窓や扉から人が入って来て争いが起きていた。

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