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「殺される?」
「まさかプリシラ嬢が説明してくださるとは。ずっとキャンキャン喚いて大変うるさかったのに」
『黙りなさいよ、不細工』
「おや、私の顔をまだご覧になったことはないでしょうに。不細工かどうか判断できるのですか」
プリシラのあんまりな言葉を気にしていないようで、フードの男は軽口を叩く。
「ちょっと! プリシラと何を話しているの!」
「夫人ももうすぐ分かるようになりますよ」
プリシラの存在が分からず難しい顔で口を挟んでくる夫人を、フードの男はさらりと宥めて床に何かを描き続けている。護衛やサリーの様子からもプリシラのことが分かるのは、男と私だけのようだった。
「なぜ私にはプリシラが見えないのに、そこのお前は見えてさらに会話をしているようなの? そもそもプリシラと面識などなかったはずでしょう」
「あーもう、こっちは集中したいのにうるさいババアだな。成功させたいなら黙って座っといてくれます?」
先ほどまで軽口を叩いていたフードの男の怒気を含んだ声に、夫人は驚いたようだ。口をぎゅっと引き結んでしばらく手を握ったり、開いたりしていたがやがて諦めたように壁際のイスに腰掛けた。
「私が殺されるって? 今から何をするの?」
『そこの不細工が黒魔術とかいうのを使って、あんたの体に私の魂を入れるのよ。そうしたら、あんたの魂は消滅するの』
「殺されるっていうか、魂の消滅ってこと? よく分かんない」
『あんたの体を一生私が使うってことね』
「満月の日みたいになるわけじゃないの?」
『違うわよ。あんたの存在はなくなるってわけ』
「ふぅん」
『あんた、何よ。ふぅんって。今までみたいに満月の日が終わったら体の主導権が戻ってくるわけじゃないんだから、もっと泣くとか喚くとかしなさいよ!』
プリシラは以前のようにキャンキャン怒っている。喚いているのはプリシラの方だ。私よりプリシラが酷い目に遭うのではという雰囲気だ。
「じゃあ、私の体をプリシラがずっと使ってくれるってこと?」
『何いい子ちゃん風に言ってんの、あんた。あんたの体がこれから一生私に乗っ取られるってことよ』
「じゃあ、プリシラがグレンと結婚するってこと?」
『そうね』
「そっか」
「お二人は仲良さそうですけど、面識ありましたっけ?」
プリシラがフードの男に嫌そうな顔を向ける。仲がいいと言われたことが嫌なのか、それとも男に話しかけられるのが不快なのかは判別できない。
『こいつは私をかなり前から認識してて、満月の日だけは私がこいつの体を使ってたわ。あんたに捕まってからはなりかわってないし、そもそも今日はなりかわれるはずなのにこの枷のせいでできないのよ』
「それは! なんと素晴らしい」
男は感動したような声を出す。
「すでに体と魂の軌道ができている。じゃあもう楽勝だ。あぁ、でも魂を他の肉体に入れる実験としては最悪か。だってデータにならないもんな。条件が良すぎる。ちっ、これで黒魔術師として素晴らしい禁忌の術が使えると思ったのに。いやでも一度成功すれば……」
『こいつ、頭おかしいわ』
男はよく分からないことをブツブツ呟いて、自分に世界に浸り始めた。
「いいよ」
『は?』
私の言葉にプリシラは素っ頓狂な声を上げる。
「だって私、生まれて来た意味ないもん」
『あんた……一体、何言って』
「プリシラは十三歳で階段から落ちるっていう不慮の事故で死んじゃって、この世に未練があるんでしょ? だったらいいじゃない。ケーキだってまた美味しく食べられるよ? ドレスもたくさん着れる」
『あんた、バカなの? あんたの魂は消滅して死ぬのよ』
「今のプリシラみたいにはならない感じだよね?」
「魂は消滅するので生まれ変わりもありませんね。地獄にも天国にも行かずに存在が消滅します」
フードの男はまたも口を挟んでくる。
地獄に行って一生苦しむよと言われたら嫌だったけれど、そうではないのか。
「生まれ変わらないならいいかも」
『は? あんた正気?』
「プリシラ。私のお母さん見た?」
『あいつね。見たわ。あの占いの時の誘拐にも絡んでやがったのよ。私が見たのはあの女よ』
「うん。まだね、お母さんに望まれて生まれてきたんなら私も良かったな、今死ぬの嫌だなって思えたんだけど。もちろん、生まれてすぐ孤児院に捨てられてるからそんな可能性ほぼなかったんだけどね」
プリシラは珍しく眉間にシワを寄せて難しい顔をしている。まるで、最初に会った頃のグレンみたいだ。
「さっき見たお母さん、とっても卑しくて下品だった。気持ち悪かった。私のことどのくらいお金になるかしか興味がないみたいだったし」
『金目当てじゃなきゃ誘拐しないわよね。今回の誘拐をそそのかしたのもあの女よ。その不細工を連れてきて紹介したのもあの女』
「そうなんだ」
じゃあ、あの母親は私の体にプリシラの魂を入れることを知っているんだ。
「私の体、プリシラが使ってくれるんだったらいいよ。あげる」
プリシラは信じられないようなものを見る目で私を見た。彼女の感情は乱れているのだろう、ツインテールもふよんぴよん大きく揺れる。
「生まれ変わらないのもいいかも。だって、どうせ私は誰にも愛されない。生まれ変わってもきっとそう。会ったこともない覚えてもいない母親でさえ私を要らない、死んでもいいって扱うんだから。もういいよ。自由になったら何しようって考えてたけど、この先の人生うまくいく保証もない。もっと酷くなるかも。プリシラになりかわってチョコレートとエビ食べることができただけで十分だよ」
こんな私が生まれてきた意味を考えても、分からない。
『でも、グレンはあんたのこと好きでしょ』
そうなのかな。私がプリシラじゃないって知ってもプロポーズしてくれたけど……そうだった、彼だけは私を娼婦の娘として扱わなかった。もちろん、先代公爵夫人も。グレンは娼婦の娘なんて呼ばせたくないって言ってくれた。あれは……正直嬉しかったな。今まで誰にも言われたことがない言葉だった。
レイフもプロポーズはしてくれたけど、その前に散々卑しい娼婦の娘って言った。だからあんまり彼のことは信用してない。
でも、私は公爵夫人にはなれない。だって、お勉強なんてついていけないから。
「グレンは気の迷いだよ。それに、プリシラが結婚するんならいいじゃない」
グレンは他の人と結婚する。それが正しいことだから。でも、私じゃなくってプリシラならできるじゃない。お貴族様だもん。他のご令嬢がグレンと結婚するよりも、私はいいなって思う。お勉強頑張らないといけないけど、大丈夫。
だって――。
「プリシラはこんなことしてまで取り返そうとしてくれるお母さんがいるじゃない。愛されてるから大丈夫」
私のお母さんは私が死んでもお金になりさえすればいいんだよ。
でも、侯爵夫人は違う。プリシラの死を受け入れられず、ずうっと足掻いてた。見た目は瓜二つでもプリシラと私は決定的に違う。プリシラは愛されてる。