4(グレン視点)
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「侯爵夫妻は外出されています。いくらフォルセット様でもお入れするわけには」
グレンはエルンスト侯爵邸の前で門番と対峙していた。
「今日はプリシラ嬢が泊まると聞いた。しかし、彼女につけた侍女の親が急病で帰さないといけない。その侍女を呼んでくれないか、赤毛で名前はカレン」
「しかし……夫妻は外出中なので私では判断できず……」
「プリシラ嬢に伝えてくれたらいい」
「プリシラ嬢も外出中でして……」
門番はひたすら困ったように対応する。
「では、どこに向かったか教えてくれれば使いを出す」
「どうされましたか」
門前での騒ぎに気付いたらしきエルンスト侯爵家の家令がやって来る。
「旦那様は領地にいらっしゃいますが、奥様とお嬢様は街のカフェにいらっしゃるかと。お気に入りの店は」
家令が二つの店舗名を上げる。屋敷の窓から何人かがこちらの様子をうかがっているが、監視だろうか。偶然通りがかって騒ぎを見つけた使用人にしては様子がおかしい。
「分かった。それで、エルンスト侯爵令息は大丈夫なのだろうか。私も見舞いたいんだが」
「侯爵夫妻がいらっしゃる時においでいただければ幸いです」
屋敷の方でガシャンと音がした。なんだろうと皆一斉に視線を向ける。
その瞬間、家令が一番近くにいた公爵家の護衛に何かを手渡すのが見えた。
「何か問題が起きているようだ。邪魔したな」
「お気をつけてお帰りください」
よく見ると、家令は疲れた表情をしていた。もしかしたら彼には言えない事情があるのかもしれない。
馬車に乗り込んで護衛が受け取った紙片を広げる。そこには二つの住所が書かれていた。
「収穫は今のところこれだけか」
レイフと途中で落ち合ったが、馬車の行方は分からなかった。頑なに侯爵邸に入れなかったところを見ると、彼女につけていた護衛と侍女は人質として侯爵邸にいるのだろう。移動させるには人数が多すぎる。これはレイフに頼んで、騎士を何人か向かわせないといけない。
手がかりは家令が渡してきた二つの住所のみ。二つとも侯爵夫人が最近借りた家屋だと分かった。
「二手に分かれるしかないよね」
「そうだな。もし彼女を殺すなら侯爵邸で行えばいいことだ。だから、夫人の目的は別にあるんだろう」
「すでに殺して埋めに行ってるのかもよ?」
とんでもないことを言い出すレイフを思わず睨んだ。
「グレンはどっちに行く?」
二つの住所を見比べた。夫人の目的が分からず、さらに二つの場所がそれぞれ離れている以上、二手に分かれるのが最善だった。
「彼女を見つけた方がプロポーズできるとか?」
レイフはこの状況でも茶化してくる。
「彼女は物じゃないし、そんなこと言ってる状況じゃない」
「グレンって普通に助けに行くんだね。てっきりさぁ、無視するのかと思ってた。だってプロポーズ断られてたしね」
「彼女はまだ俺の婚約者だから。死なれでもしたら後味が悪い」
「へぇ。じゃあまだ婚約者のグレンが先に選んでよ」
グレンは上の住所を指差した。
「俺はこっちに行く」
「じゃ、俺は下の住所ね」
住所を控えさせてすぐに馬に乗って向かおうとするレイフをグレンは呼び止めた。
「捜索を手伝ってくれてありがとう」
「あの子ってよく誘拐されるよね。二回目か」
グレンも馬車移動よりも速い馬にまたがる。
「好きな子のために頑張るのは当たり前だからね」
じゃあ、とレイフは颯爽といなくなった。グレンも護衛と共に教えられた住所に向かう。
祖母には何度もプロポーズしろと発破を掛けられた。でも、レイフにしろグレンにしろ彼女には迷惑なのではないだろうか。孤児だった彼女が公爵夫人になるのは、絵本で読めば素晴らしい物語だろう。でも、それは外野が楽しむ話だ。彼女は? 彼女はどう思ってる?
嫌いだとは言われていない。でも彼女はレイフに会うのをかなり拒絶していたのに、会ったら会ったで楽しそうにしていた。彼女が分からない。貴族じゃないからこちらの常識も通じない。
祖母だって幸せだと言っていたけれど、男爵令嬢として家格の釣り合う誰かと結婚して別の幸せがあったかもしれないじゃないか。
彼女だってそうだ。平民として生きながら、チョコレートとエビみたいに好きな物をこれからどんどん見つけていく。そっちの方が幸せかもしれないじゃないか。絶対に幸せにするなんて無責任な言葉は言えない。だって、グレンの幸せと彼女の幸せは違うんだから。
それでもグレンの脳裏にあるのは今朝の光景だった。グレンは思わず彼女から目をそらしてしまった。あれが彼女との最後だなんて思いたくなかった。