3
いつもお読みいただきありがとうございます!
「侯爵夫人がプリシラをどこかへ連れて行った?」
侍女長の使いだというエルンスト侯爵家の使用人は急いで出てきたようで、息を切らして震えている。侍女ではなく下っ端のメイドのようだ。
「侍女長も一緒に連れて行かれて……こうなるかもとは侍女長から言われていたのですがまさか本当に起きるだなんて」
レイナード・エルンストがタイミングよく階段から落ちたのも、夫人の仕業らしい。信じられないことに夫人は実の息子を押して階段から落としたのだと言う。それをたまたま目撃したこのメイドは、不安定な夫人がとうとうおかしくなったのではといつも夫人の機嫌を取っている侍女長に報告したのだ。
メイドの話を聞いていると、さらにもう一人侯爵家から使いがやって来た。
その使いはプリシラを今日はエルンスト侯爵家に泊まらせると告げてきた。先ほど息を切らして来たメイドとは内容がまるで違う上に、ついて行かせた侍女と護衛が一人も帰ってこないのは不審だ。
「侯爵家から出て行った馬車を探せ。エルンスト侯爵は領地だな? では、俺もこれから侯爵家に向かう」
メイドの保護まで指示を出してからグレンも上着を羽織る。
「どうするつもり?」
口出しせずに様子を見ていた祖母はそこで初めて口を開いた。
「夫人がまだ帰っていないならレイナードが何か知っているかもしれません。それに、侍女長はなりかわりを知っていたんでしょうが……もう一人、知っていそうな者がいます。知っているのがエルンスト侯爵夫妻とレイナード、そして侍女長だけでは対応できませんから」
「あぁ、なるほど。家令ね」
「はい……あとは、おばあ様。レイフを呼んで彼女の捜索を頼んでくださいますか」
「あら、それはもちろんいいけれど。あまり大々的にしない方が」
「レイフだから大丈夫でしょう。エルンスト侯爵夫人が今こんなことを起こしたとなると、行動が予測しづらいので」
「分かったわ」
***
夜中近くになった頃合いだろうか。寒さの中でうとうとしていると、扉が急に開いた。入ってきたのはエルンスト侯爵夫人だ。
明日、明日って連呼してたからてっきりもうここにはいないと思ったのに。
「来なさい」
夫人は叩く力はとても弱かったのに、今私を引きずって連れて行こうとする力はとても強い。ずるずると引きずられて無理矢理連れて行かれる。
といっても、連れて行かれたのはすぐ隣の部屋だった。
部屋の隅にはサリーが縛られて転がされていて思わず顔を顰める。しかし、サリーの横には見覚えのない侯爵家の護衛がいるから下手なことはできない。
「はぁ。まさか夜中にやらされるなんて」
「もう満月の日でしょう。早くしなさい」
「最も成功率が高いのは満月の夜だと」
「フォルセット公爵家が動き始めたら見つかるのも時間の問題よ! 早くしないとあなたも危ないんだから! いいから早くやりなさい!」
夫人は相変わらずヒステリックに喚いている。
「あーもう。全部夫人の短慮が招いたことでしょうが。まぁ今日になってしまってるからいいですけど」
部屋の中なのにフードを脱がない男は、ブツブツ言いながら手足を縛られた私を中央のソファの上に寝かせて、分厚い本を手にしながら床に何かを書き始めた。
何が起きるのか全く分からない。縛られ口まで塞がれたサリーが暴れて護衛に取り押さえられている。サリーは何か知っているんだろうか。
『あんた、バカじゃないの。縄抜けして逃げないなんて。できるんでしょ』
急に懐かしい声が聞こえた。
『まさか侍女長や使用人助けようとしてるわけ? おめでたいわね』
「プリシラ?」
私の呟いた言葉にフードの男が反応する。
「え、見えるんですか?」
「え? いやちょっと声が聞こえただけで」
『私は最初っからここにいるわよ。あんたまで私が見えなくなったわけ?』
身をよじって体の方向を変えると、ぷかぷか浮いているプリシラがいた。久しぶりに会うが、髪型もドレスもいつものプリシラだ。
「プリシラ!」
『あんた、この状況で喜ぶとかバカよ』
プリシラは手を見せてくる。彼女の手には黒い枷が嵌まっていて鎖が地面に伸びていた。
「え、どうしたのそれ」
『どうしたもこうしたも。そいつとお母様の仕業よ』
「プリシラ、今までどこに?」
「プリシラがそこにいるの?」
夫人はプリシラと喋っている私を訝し気に見下ろしてきた。
「あ……はい」
「なぜ、お前には見えるの?」
「えっと……」
困ってプリシラを見たが、プリシラも肩をすくめている。
「黒魔術の素質か霊感があるんでしょうね。これは好都合だ。より成功率が高くなる」
フードを被った男が嬉しそうな声を出した。
「成功率?」
「これからあなたの体にプリシラ嬢の魂を入れます」
そんなことってできるの? いや、これまでも満月の夜にできていたことかな?
『なんで悠長にぽかんとしてんの。あんた、これから殺されるのよ』