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いつもお読みいただきありがとうございます!

 私がもっと年を取ったらこんな顔になるんだろうなという顔が、目の前にある。人生で一度も会ったことがない母親だが、これほどまでに自分と似ていればそうと分かるものだ。嫌になるくらい、私は母親にそっくりだった。吐き気がするほどに。


「私の娘だけあって綺麗な顔してるわね。これなら娼館に高く売れたのに」


 品定めするような視線に思わず目をそらす。


 孤児院でよく聞かされた話だ。

 育てられないと言って女の子を孤児院に預けて、大きくなって娼館に売れるくらいの年齢になってから実の親が引き取りに来る。うちの孤児院は実の親であっても引き取るにはお金を積まないといけなかったはずだから、そんな話は実際のところなかった。

 でも、他の孤児院では実の親といるのがいいだろうと孤児院の職員が親切心を発揮して、その女の子たちは引き取られたものの結局娼館に売られてしまうのだ。

 何が面白いのか分からないが、職員が面白おかしく私に話したことがある。


 まさか、この人はそれが狙いだったのだろうか。お金に困って私を売ろうとして、私がどこかに引き取られたと知った。ブレアと占いに行った時の誘拐に絡んでいたようだから、私がエルンスト侯爵家にいることを突きとめたのか。


「前金は成功してからよ」

「夫人が今日この子を連れてきたから話が変わったんじゃない。あのお貴族様から捜索されたらどうすんの」

「泊まらせると使いを出したわ」

「そんなうまくいくわけ? 私はお貴族様じゃないから探されたら困んのよ」


 もし、お金が欲しいなら。私がニセモノであることをばらすと脅すはずだ。お貴族様を脅すのは危険だが、エルンスト侯爵家なら後ろ暗いことが多くて金を出すかもしれない。フォルセット公爵家を脅したらすぐに捕まるんだろうけど。

 夫人は嵌めていた指輪を抜き取ると、私の母親であろう人の足元に投げつけた。


「今日は急だったから現金は持ってきていないわ。それでいいでしょう」

「へぇ、これってエメラルド?」

「そうよ」

「すごーい! 綺麗。私によく似合うんじゃない?」

「好きにしなさい」

「ありがと」

「それを売れば、前金どころか全額分の価値はあるはずよ」

「確認するわ。確認できたらもう明日は来ないから」

「二度と会わないようにしてちょうだい」


 指輪をかがんで拾って自身の指に嵌めて嬉しそうにする母親。見た目はいいのに、その姿はとても卑しく見えた。指輪だって似合っていない。


 母親は地面にうつ伏せになっている私のところに来ると、しゃがんで無理矢理視線を合わせてきた。彼女はエメラルドが気に入ったのか先ほどよりも上機嫌に笑っている。


「良かったわ、あんたが金のなる木で」


 耳に響く母親の声は懐かしくも何ともなく、ねっとりと酷く耳障りだ。


「妊娠した時は最悪だと思ったけど、まさかあんたがお貴族様に引き取られてお嬢様になりかわってるなんてね。前回の誘拐は準備足りなくて失敗したけど、今回はうまくいったわ」


 グリーンの目が私を覗き込む。

 やっぱり、あの占いの後で私を誘拐したのはこの人が関与していたのだ。


「余計なこと喋らずに、さっさと出て行きなさい」

「んふふ。いいじゃない。私の娘なんだから」

「もうあなたの娘ではなくなるわ」

「まぁね~。だから最後の挨拶よ。最初で最後の挨拶」


 娼婦の娘と蔑まれた理由が母親を見てよく分かった。

 お貴族様を見てしまったせいもあるけれど、母親はとても下品で卑しい。声や動作のすべてがそう感じさせる。


「グレッグは仲間に入れとかなくって良かったわ~。取り分も減らなかったし、そもそもあの子はバカだしね。すぐ捕まっちゃってさ」


 グレッグの名前が出て、思わず反応してしまう。グレッグって横領で捕まってたよね?

 反応した私を見て、母親は楽しそうに笑う。


「グレッグは警備兵だから。あんたはグレッグに気があるみたいだったし、なんとかグレッグにあんたを誘い出してもらいたかったんだけど。ま、さすが私の娘よね~。第二王子を誑し込むなんてやるじゃない」


 誑し込んでなんか、ない。レイフは勝手に近づいてきて、勝手に文句ふっかけて勝手に結婚しようって言ってるだけ。


 母親はしばらく私の様子を楽しそうに笑って見ていたが、夫人がずっと睨んでいるのに気付いて立ち上がった。


「じゃあね。私にお金を生み出してくれてありがと」


 投げキスをして笑いながら母親は部屋から出て行った。あっという間の出来事だった。

 夫人は連れて来た護衛を呼び寄せると一言告げた。


「あの娼婦の女を始末しなさい」


 護衛が素早く出て行って、夫人もそれに続いて部屋から出て行く。

 最後にチラリと夫人は私を振り返ったものの、すぐに扉を閉めた。うつぶせにされたまま顔を先ほどまで上げていたが、ようやく安心して床に脱力する。頬から床の冷たさがじぃんと伝わってきた。


 あまりの冷たさにモゾモゾと起き上がって座る。チャリっと音がして胸元からネックレスが飛び出してきた。

 全然幸運を運んでくれる様子のない四葉のクローバーのネックレスだ。


 縄抜けはできるけど、変なことをすればサリーが危ない。公爵家の使用人もだ。

 手を縛られたまま壁に体を預けた。グレンは助けに来てくれるだろうか。いや、バカなこと考えるのはやめよう。私は彼の求婚を手ひどく断ったのだ。彼を傷つけた。

 なんにも大切なものがなかったら縄抜けして逃げるのに。グレンに期待もしないのに。

 でも、逃げるのももう疲れたな。どうせ追いつかれたら連れ戻されるだけだし。こんな夜にこんな辺鄙な場所から逃げようとしたら、獣でも出るかもしれない。


 夫人に誘拐されて、明日になれば何か起きるらしいということしか分からない。母親とは今日初めて会ったが、とても下品で卑しい人だった。私をとにかく金に換えたいみたいだった。まだ胸のあたりに吐き気が残ってる。あの人から自分が生まれたと考えただけで気持ちが悪い。

 でも、母親はおそらく近々殺される。それについては何も思わない。お貴族様ってやっぱり怖いのだ。


「私って生きてる意味あるのかな。あ、間違えた。生まれてきた意味、あるのかな」


 エルンスト侯爵家に引き取られてすぐに感じた疑問がまた浮上してきた。最近ではこの疑問を考えたこともなかったが、何も解決していなかったみたいだ。こんな状況に涙さえ出なかった。

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