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馬車に乗せられて、どこに連れて行かれたのかは分からない。座席に転がされていて外の景色は見えなかった。
下ろされたのは街中ではなく、辺鄙な場所だった。
フードを被った人物が家の中から現れ、慌てたように近付いてくる。
「困りますよ、夫人」
フードを被った男は馬車から下ろされた私を見て焦っている。
「仕方がないでしょう。明日も連れ出せるか分からなかったのだから。今日なんとかならないの」
「明日が最も成功率が高いんです。満月の夜ですから」
あぁ、明日は満月なのか。プリシラがいなくなってから意識しなくなった日だ。
エルンスト侯爵夫人とフードを被ったいかにも怪しげな男はしばらく言い合いをしていたが、やがて諦めたように男は私とサリーを家の中に連れて入った。
「とにかく、明日までは待っていただきます。失敗したくないでしょう」
「失敗したらどうなるの」
「プリシラ嬢の魂はあの世に行って二度と捕まりません。そしてその子は死にます」
「それじゃあ意味がないわ」
「だから明日にしてくださいと言ってるんです!」
サリーとは違う部屋に入れられた。
「お前が変なことを考えたら、侍女長サリーと公爵家の使用人たちを殺すわ。いいわね? 逃げることなんて考えないように」
縛られたまま座らされ夫人にそう言われて、頷くことしかできない。
私の帰りが遅ければ探されるんだろうけど、もしかしたら公爵家には「今日泊まらせる」という知らせでも出すのかもしれない。そうしたら、私の発見は遅れるだろう。
「お前なんかを貴族令嬢に仕立てるんじゃなくて、もっと早くこうしておけば良かったわ。なんて時間と労力の無駄だったのかしら」
夫人は私を見ないで恍惚とした表情を浮かべている。やっぱり、夫人はおかしくなっていた。最初からずっとおかしかったけれど、もしかしてお兄様が階段から落ちたのもこの人が仕組んだの? 突き落とすなんてしていないよね?
「……一体何を」
「うるさいっ! そんな表情で私を見るんじゃない!」
扇や素手で叩かれるのは平気だった。でも、夫人は立っていて私は地面に座らされていたので今回は蹴られた。
「うっ……」
何度も蹴られて、ヒールで縛られた手や腕をグリグリと踏まれて痛みに呻く。
夫人がケーキや紅茶に入れていたのは毒ではなく、痺れ薬だったようで解毒剤なんて飲まなくても良かった。ただ、まだ痺れているのでうまく手足を動かせない。
「あぁ、ダメだわ。プリシラの体に傷がついてしまう」
ハッとしたように夫人は靴をどけて、痛みに呻く私を見て笑った。
「明日になればプリシラに会えるわ。やっと、やっとよ。長かったわ。お前がフォルセット公爵家からなかなか出てこないから、こんな手段を使うしかなかったのよ。ニセモノのくせに生意気に守られて」
どういうことだろうか。プリシラを呼び寄せる方法でもあるんだろうか。
「お前など生きていても仕方がないでしょう。孤児で娼婦の娘で、汚らしくて卑しい3番」
夫人は地面に転がっている私の顔を覗き込んだ。
私のことをそんな風に思ってたんだ。最初は少し優しかったから、そんな私にでも優しくしてくれる人なのかと思ってしまった。別にそんなことは言われなくっても分かってるのに。ずっとこれまで何度も言われてきたことだから。本当に優しかったのはサリーだ。
きっと、この人が唯一愛しているのは本物のプリシラだけ。
「お前はきっとこのために今まで生きてきたんだわ。プリシラにその肉体を明け渡すために」
肉体を明け渡すってどういうこと? 満月の日の入れ替わりのことがバレたの?
「生きていたってどうせ、お前は愛されない。必要となんてされない。卑しい娼婦の娘。出来損ないの3番。でも、お前にしかできないこともあるわ。明日からお前は本当にプリシラになるのよ」
夫人は嬉しそうにまるで歌うように喋った。その上機嫌な姿はとても異様だ。
「うまくいきました?」
やや低めの女性の声。誰かが私たちのいる部屋に入って来た。
「ここへは来るなと言ってあったはずだけど」
「まだ前金をもらってないので」
珍しい銀色の長い髪にグリーンの目。その三十代くらいの女性を見た時に、私は今までで一番驚いた。
「へぇ。これが私の娘なわけね」
まだ痺れているはずなのに手足が震えた。喉もカラカラに乾いている。