9(グレン視点)
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用事を終え帰って来て祖母に報告がてらお茶をする。
「グレンの新しい婚約者を探さなければいけないわね」
「もう、誰でもいいです」
「そんなことは言わないのよ」
「どうせ、政略やら付き合いで決まるのでしょう」
「そうね。プリシラ嬢との婚約は、私の夫をエルンスト侯爵が助けてくれたからと成ったものだったから」
グレンは今朝会ったばかりの彼女を思い出す。
侍女に説得されたようで、プリシラがよく着ていた趣味の悪さ全開の服ではなかった。グレンも常々思っていた。あんなにゴテゴテつける必要があったのだろうかと。絶対今日のような服装の方が似合っていて、可愛いのに。
「おばあ様はどうして、彼女との婚約を許したんですか」
「プリシラ嬢のことなら、私は夫を憎むほど許していなかったわよ?」
「あ、いえ。今の彼女の方です」
3番だなんて呼びたくなかった。でも、ニセモノと呼ぶのも違う。グレンにとっては、同じような顔でも彼女は彼女だ。チョコレートとエビが好きで目に感情がありありと出てしまう、彼女が。でも、なんて呼べばいいか分からない。
「グレンが望んだからじゃないの」
「私情でおばあ様が婚約に賛成しないことは分かっています」
「助けてもらった恩で婚約も十分私情だと思うのだけれど。案外私は夫のことを責められないのかもしれないわ。似た物同士だったのかも」
死んでから分かるなんてねぇと悲し気に微笑む祖母は、いつもの背筋をピンと伸ばして凛とした先代公爵夫人ではなかった。
「プリシラ嬢は貴族だけれど、貴族としては足らなかった。顔がそっくりなあの子は……プリシラ嬢に見えた。血筋にこだわっていたけれど、結局見た目がそっくりなら私は何も気づかなかった」
あぁ、なるほど。
祖母の言いたいことがなんとなく分かった。血筋を重視し大切にしていても、孤児がプリシラになりかわっていることにしばらく気付かなかった。血筋なんて、貴族の血なんてこだわっていても全然分からないじゃないかと言いたいのか。もちろん、なりかわりなんて発想がないということもある。
「グレンが震えることなく触れることができるご令嬢がいいわよ。それが一番よ。女性に恐怖していたあなたが望んだから、彼女がプリシラ嬢のニセモノであろうとも結婚すればいいと思った。教養なんて本人の努力次第でどうとでもなるもの」
「でも、本人が嫌なら……無理でしょう」
「そうね。でも、彼女がそう言うのも仕方がないでしょう? あなたよりも彼女の方が数千倍大変なんだから」
「はい……分かってはいましたが……」
「あなたは根回しというものが足りないのよ。私と両親を説得して終わり、じゃなくて」
「でも、もう遅いでしょう。彼女には嫌われたので」
「なんと情けない孫だこと。これなら、私の夫の方がマシだったわ」
意味か分からずに、グレンは祖母を怪訝な表情で見た。
「私があなたのおじい様のプロポーズを四回断ったのは知っていて?」
「……知りません。おじい様は諦めず五回もしたのですか」
「実はそうなのよ。私は男爵令嬢だったから、あなたのおじい様とは絶対に釣り合わないと思った。男爵令嬢に公爵夫人なんて務まらないと」
「男爵令嬢? おばあ様はハンフリー伯爵家の令嬢でしょう?」
「いいえ? 元は男爵家の人間よ。おじい様と結婚するにあたって伯爵家の養女になっただけのこと」
「そんなわけが……おばあ様はどこからどう見ても高位貴族にしかみえません。ご冗談ですか?」
「それは、そうなれるように私が血のにじむ努力をしたから。おじい様も頑張ってはくれたけれどね。あの子の場合は、私よりももっと努力しなければいけない。孤児だったのだから私よりも素養がない。美貌があっても教養は誤魔化せないの。それなのに、グレンはたった一回断られただけでしょげてどうするの」
「断ったということは、迷惑なんじゃないんですか」
冗談や軽い気持ちで結婚して欲しいと言ったわけじゃない。でも、彼女だって冗談で「無理」と言ったわけじゃない。あの表情は本気だった。本気で無理だと言っていた。
「たったの一回で覚悟なんてできるわけないでしょう。何度も伝えて本気を示したらいいのよ、あなたのおじい様のように。私はやっと五回目でおじい様を信じることができたのよ。政略結婚ならむしろ簡単でいいわよ? だって同じものを背負うんだから。プリシラ嬢には実家にお金を渡しておけば良かったしね。でも、あなたは一回で彼女がこれから努力しなければいけないすべてのことを一緒に背負うと示したの? 信頼してもらえるような行動はしているの? 結婚したら彼女にすべて丸投げして知らんふりするつもりなの?」
「違います」
「今は愛情があっても結婚してなくなる場合もあるでしょう? そうなったら彼女はどうなるのよ。あの劣悪な環境で育った孤児なのだからそんな心配を常にしているはず。あなたのことも信用などできないでしょう。私よりもずっと嫌な体験をしてきたのだから。分かったなら何度もしなさい。まさか、あなたがおじい様に似るとは思わなかったわ」
彼女のことを調べ上げて書類上で辿っても、俺は何も分かってなかった。この公爵邸に彼女と住んで、ほぼ毎日顔を合わせていたのに。彼女の目に映る感情だけで判断してはいけなかった。だって、それに満足して彼女の気持ちをちゃんと聞いていないんだから。
「本当にうちの男は想像力が足りないんだから。しかも打たれ弱いなんて」
祖母は少しばかり怒っているようだ。グレンは視線を落として小さくなるしかない。
「分かったわね?」
「はい」
尊敬していた祖父が、祖母に頭が上がらない理由を垣間見た。
「おばあ様はおじい様と結婚して、幸せでしたか?」
「もちろん、幸せよ。あの人は私を置いて先に行ってしまったけれど。それでも私は愛されていたとずっと感じているのだから」
祖母の背筋はいつも通りシャンと伸びる。グレンはそんな祖母の姿を眩しく感じながら眺めた。祖母に美しさを感じるのは、紛れもなく祖母と祖父の努力の証だからだ。
ノックと共に使用人が顔をのぞかせる。
「あの……エルンスト侯爵家の使用人が至急お伝えしたいことがあると来ておりますが、どうされますか?」
「侍女長だろうか?」
「いえ、侍女長からの使いだと」
「そういえばプリシラ嬢の帰りが遅いわね」
「会おう。通してくれ」