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いつもお読みいただきありがとうございます!

「明日も来てくれるわよね、プリシラ?」

「……そうしたいけど、先代公爵夫人に聞いてみないと……」


 お茶とケーキを食べながら、侯爵夫人は笑顔でこちらを見た。

 ショートケーキはプリシラの好物だ。ケーキの中でも特に。でも、私はフォルセット公爵邸でチョコレートケーキにまず手を伸ばしていたので、公爵家の侍女たちは怪訝な顔をしている。多分、彼女たちはまた私が夫人に好みを強制されているとでも思っているのだろう。


「お見舞いくらいいいじゃないの。一日しか来させてくれないなんて、フォルセット公爵家はプリシラを家から出さずにお勉強ばかり強いているのね」

「それは、私のお勉強が遅いからです」


 エルンスト侯爵夫人の発言が不味いことは私でも分かる。

 プリシラがお勉強をしていなかったのは事実なのだし。公爵夫人ともなるといろいろ大変だろう。

 公爵家の侍女たちの醸し出す雰囲気も悪くなっている。わざわざ侍女たちの前でそんなこと言わなくてもいいのに。


「今日はレイナードがあのまま眠っているかもしれないのだから、明日も来てくれたらいいわ。レイナードの起きている時間に会えるかもしれないもの」

「帰ってから聞いてみます、お母さま」

「まぁ、プリシラ。マナーがとても綺麗になったのね」


 ケーキの食べ方を見て、侯爵夫人が驚きの声を上げるがそれほど嬉しくなさそうだ。目が特に笑っていない。


「はい。公爵家でたくさんお勉強しているので」

「そうなの、へぇそうなのね」


 ど、どうしよう。なんだか怖い。

 おそらく、侯爵夫人の記憶の中のプリシラよりも私は綺麗に食べてしまったのだろう。やっぱり夫人はおかしくなっているのかも。


「他にどんなお勉強をしているの?」


 夫人は笑顔のままで聞いてきた。あ、良かった。さすがに人目があるから大丈夫みたい。


「最近はガイコクゴや……刺繍や、リョウチについてです」

「まぁそんなにたくさん!」


 会話すればするほど、理解が深まるどころか上滑りしていく。私、プリシラの真似ってどうやってたっけ。もっと侯爵夫人には甘えるように喋っていたっけ。


「そうだわ、プリシラ。今日はうちに泊まっていけばいいじゃない。明日の朝帰れば。せっかく久しぶりに帰ってきたのだから」

「えと……」


 フォルセット公爵家の侍女たちが微かに首を横に振っている。


「うちにも侍女はいるのだからいいじゃない。いつプリシラが戻って来るか分からなかったから、お部屋はもちろんそのままよ」

「まだ誘拐事件の犯人がちゃんと捕まってないみたいだから」


 銀髪の女が捕まったという話はまだ聞いていない。どこの貴族が関与していたかもまだ知らない。


「あら、そんなのすぐ捕まるわよ。何をぐずぐずしているのかしらね」


 なんだろう。侯爵夫人との会話が成り立っている気がしない。侍女たちにも不穏な空気が流れる。


 ややあってから侯爵夫人はワッと泣き出した。その行動が急すぎて私はビクリと震える。


「レイナードまで階段から落ちて。プリシラにも誘拐未遂から会えなくって。こんなに立て続けに悪いことが起きて不安なのに、プリシラを一晩侯爵家に泊めるのもダメだなんて! 酷いわ! しかもプリシラに公爵夫人としてのお勉強ばかり! こんなプリシラの好きじゃない服を着せて! なんて可哀想なの! あんまりだわ!」


 夫人の気持ちも分からなくはないが、いたたまれない空気が流れる。

 ケーキを半分も食べていないが、これではもう喉を通らない。


「お母さま、帰ってすぐ明日もお見舞いに行っていいか先代公爵夫人に聞いてみます」

「本当に?」

「はい。私もお母さまと一緒にいたいけど、婚約者のお家で良くしていただいているからあまり不義理はしたくないの。ごめんなさい」


 頑張って甘えたような声で上目遣いに話す。ドレスをねだったプリシラはこんな感じだった。慣れないことをしたせいか舌がうまく回らない。


「まぁ、本当にプリシラはお勉強して賢くなったのね」


 夫人は泣きながら私の頬に触れる。しばらく頬を撫で続けてやがて泣き止んだ。私や侍女たちの緊張がほぐれたタイミングで、夫人は口を開いた。


「まるでプリシラじゃないみたい」

「え?」


 ぐっと引き寄せられて、首に冷たい感触がある。


「プリシラ様!」

「動かないで。動いたらこの子を殺すわ。本気よ」


 首の冷たい感触がつぅっと動く。フォルセット公爵邸から一緒に来た侍女たちから小さな悲鳴が上がる。


「紅茶とケーキに毒も入れていたの。解毒剤を飲ませないとこの子は死ぬわよ。私が持っているわ」


 いやそんなまさか。

 口を開いて喋ろうとして舌が痺れてうまく喋れないことに気付く。え、嘘? さっき舌がうまく回らなかったのって毒の影響? 私の様子に気付いた侍女たちがまた顔色を変える。


「こいつらを縛り上げなさい」


 侯爵家の護衛たちが入ってくる。見たことがない顔だ。もしかして今日このために雇った?

 最後に入って来た護衛は、手を縛った侍女長サリーを連れていた。


 サリー!?

 そう叫ぼうとしたがうまく声が出ない。


「公爵家に情報を流して、さらにレイナードに仕込んだはずの睡眠薬まで取り替えて。まさか侍女長に裏切られていたとはね」


 私の首にナイフが当てられていて、しかも夫人が動かしたせいで皮膚が切れ血が出ているようだ。私に危害が加えられそうなせいで侍女たちも護衛たちも動けない。


 お兄さま、やっぱりさっき起きてたんだ。逃げろって書いたってことは何か知ってたんだね。


 他に公爵家の護衛さんがいたはずと窓の外に必死に視線を向ける。しかし、ちょうど公爵家の護衛が襲われて倒れたところだった。


「来なさい」


 夫人にナイフを押し当てられたまま、私は部屋から移動させられる。後ろからサリーも引っ立てられてきた。


 そのまま馬車に乗せられる。どこかへ連れて行かれるようだ。また誘拐されるらしい。


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